1-14 魔族
夜の森に浮かび上がった異形――。
背丈は二メートルほど。サイラスよりもずっと高く、肩幅も広い。体重は細身の少年とは比べ物にもならないだろう。
硬そうな鱗が浮かぶ太い筋肉質の腕には、禍々しく黒々とした三叉の槍が握られている。巨漢は、ゆっくりと重そうな足取りでエミルのそばまでやってきた。
さらにその後ろから、同じような見た目をした魔族がもう二体、姿をあらわした。それぞれが松明に照らされてギラギラと光る、大型で破壊力のありそうな武器を担いでいる。
三体の魔族は、二匹の大きな狼に似た魔獣を引き連れていた。
だが、それが狼ではないことは、サイラスにもひと目でわかった。頭が、剥き出しの骸骨だったからだ。空洞の眼窩が、赤く不気味に光っている……。
(三体と二匹。合わせて五体。……二体って話じゃなかったのか)
『君だけの勇者になってみせる』とエミルに大見得を切ったものの、サイラスには過去の記憶がない。当然、なにかと戦った記憶もなかった。
果たして、この魔族たちに勝てるのか? 自分の実力はどれほどのものなのか? サイラスにはまったくわからなかった。
魔族――。
地下深くにあるという魔界に棲み、魔王と呼ばれる恐怖の象徴に仕える邪悪で残忍な者たち。ただ、破壊の限りを尽くすためだけに存在する人類の敵……。
魔族たちの醜悪な姿を前にしても、不思議とサイラスは落ち着いていた。普通の人間なら、恐れおののいて腰を抜かしていたかもしれない。
だが、まったく恐怖がないわけではなかった。緊張で手のひらが汗ばんでくる。
(びびるな。相手をよく見ろ)
サイラスは、右手に持っていた銅の剣を両手で握り直し、身体の前に構えた。魚顔の魔族は、細長い黄色い舌で舌舐めずりした。
「オスの肉はマズいからァ、オマエはオレサマのペットのエサだァ! だが、その前にィ……」
魔族たちは、ニタニタと下卑た笑いを浮かべている。
「このメスはオマエのツガイかァ? まずはオマエを捕まえてェ、目の前でこのメスを何度も犯してやるゥ! 散々、嬲りものにした後に、生きたままメスはオレサマたちが喰ってやろう。人族の若いメスは久しぶりだァ」
リーダー格らしい魔族が長い舌を伸ばして、べろりとエミルの頬を舐めた。
「いっ……いや……」
エミルは顔をそむけ、なんとか魔族の舌から逃れようとする。魔族の細長い舌は、蛇のようにエミルの首に巻きつき、尖った先端がずりずりと白い胸元に潜り込んだ。
「やっ……やめ、やめて!」
エミルの悲痛な声を聞いて、後ろの魔族たちがよだれを手でぬぐいはじめる。
「エミル!」
サイラスのなかで、怒りの感情が膨れ上がった。ぎりっと、血がにじむほど下唇を噛みしめる。魔族をにらみつけながら、いまにも飛びかかりたくなる気持ちを抑えた。
どう動けば、エミルを傷つけることなく、魔族たちを倒すことができるのだろうか?
(考えろ、考えるんだ。焦るな。エミルのそばに敵がいる。下手に動いたら、エミルが危ない)
敵は強そうに見えたが、一対一ならなんとかなるような気がしていた。ただ、数が多い。同時に、五体の敵を相手にするのは難しいだろう。
サイラスは動くに動けないでいた。
魔族たちは動かないサイラスを見て、怖気づいているのだと思った。今夜は村から奪った酒でも飲みながら、ゆっくりと壊れるまで人族のメスを嬲って楽しむつもりだったが、お楽しみが増えた。
魔族たちは人族のオスを散々、痛めつけてからバラバラにして殺すのも大好きだった。
このメスの前で、あのオスを魔獣に喰わせたら、このメスはどんな顔をするだろうか?
「クケケ、ペットたちがオマエを喰い終えたら、つぎは村のやつらを皆殺しにしてやるゥ。生贄を捧げたら助かると思って、安心してやがるマヌケな連中の絶望に染まる顔が、いまから楽しみだァ――」
「逃げて! 逃げてください、勇者さま! 村の人たちを逃がしてください!」
魔族の嘲笑をエミルがさえぎった。
(エミル。こんなときでも、自分より村の人たちのことを……)
「グゲ! やれ!」
逃さぬとばかりに、魔族が二匹の魔獣をサイラスにけしかける。
「「ガォアアァァァァ!」」
唸り声を上げながら、風のような速さで魔獣がサイラスに迫る。剥き出しの牙と大きなナイフのような鋭い爪が、松明の炎を反射して、ぎらりと光った。
敵の動きは速い。普通の人間では目で追うことさえ、難しかっただろう。だが、まったく問題なく対処可能だと、サイラスの無意識は告げていた。
(見える。動きが、見える)
サイラスには剣を使った記憶などなかったが、これまでに幾度もそうやって戦ってきたかのように、身体が動いていた。
「うぉおおおお……っ!」
サイラスは腰を低くし、素早く上半身をねじった。右上から飛びかかってきた魔獣の首を外側から切り落とし、返す刀で、左肩に喰らいつこうとしたもう一匹の腹を下から上に切り裂く。
「グギャアァァ!」「ギャワン!」
魔獣の骸骨の頭が地面に転がり、二匹目の身体は真っぷたつになった。
これが狼であったなら、辺りに鮮血をまき散らしていただろう。だが、二匹の魔獣は絶命すると一瞬でどす黒い灰と化し、空中で断末魔の悲鳴とともに霧散した。
魔獣が存在していた空間から、小指の爪ほどの血のように赤い石がふたつ、ころんとサイラスの足元に転がった。
(なんだ、いまの。身体が勝手に……)
驚いたのはサイラス自身だった。だが、考えている暇はない。
サイラスは剣を構えて、三体の魔族をにらみつけた。




