2-64 エピローグ
ガリウス王国歴千六百二十五年。現在の四百年前――。
ベガリア王国の北東。森のそばの、小さな集落。
村の中央の広場で、村人たちが四人の旅人を囲んでいた。日に焼けた顔が、名残惜しげに彼らを見つめている。
「もう、行ってしまわれるんですかな、勇者さま」
村長――白いひげをたっぷりと蓄えた老人が、眩しいものでも見るような顔で一行を見まわす。
「世話になった。馬車は、また帰りに引き取りに来る」
サイラスは、いつもの感情の薄い声で答えた。
「いやいや、こんな田舎に勇者さまをお泊めできて、わしらは光栄に思っとるんですよ」
昨晩、村長は囲炉裏端で、村のことを語ってくれた。辺りは温暖で雨は少ない。けれど、森から流れる小川のおかげで、畑には水が回る。ぶどうもよく実り、村の自慢のワインは王都ベガリスまで運ばれることもあるそうだ。
ただ、ひとつだけ、と老人は困り顔で付け加えた。
「この村は、年寄りが多いもんで……、水くみが、なかなか難儀でしてな。小川が、すこし遠いんですな。近くに井戸があればいいんですが……」
その話が、サイラスの頭に残っていた。
「井戸を掘ろうか」
ぽつ、とサイラスが口にする。
「……は?」
白いひげが、ぴくりと跳ねた。後ろの村人たちも、いっせいにぽかんと口を開ける。
「サイラス、あなた、井戸を掘るスキルまで、持っているのですか?」
サイラスの仲間のひとり、若葉色を帯びた長い金髪のエルフが、すこし驚いたように緑色の目を見開いた。
「井戸を掘るスキルはない。でも、要は穴を掘ればいいんだろ?」
「おいおい。ベガリスへ急ぐんじゃなかったのかい?」
長い太刀を背負った、黒髪のマレス族の女剣士が、あきれたように腕を組む。
「すぐ終わる」
それだけ言うと、サイラスは広場の中央へ歩み出た。腰から勇者の剣を静かに抜き放ち、逆手に握って、高く掲げる。
白い刃が、土に深々と突き立てられた。
「マキナ、《光の剣》を発動」
白い光の柱が、剣身から地の底へと突き抜けていく。数秒の後、サイラスが剣を引き抜くと――。そこには、直径一メートル、深さ十メートルほどの穴が、ぽっかりと口を開けていた。
「まったく、なんてことに勇者の剣を使うんだよ。刃こぼれでもしたら、どうするのさ」
女剣士が、額に手を当てた。
「な、な、なんとも、まあ……」
村人たちが、息をのんで覗き込む。はるか下の暗がりで、染み出してきた水に、丸く切り取られた空が揺れた。
「水じゃ、水が出よるっ!」
穴の縁に駆け寄った子供たちが、母親に襟首をつかまれて、引き戻されていく。
「土の精霊術士は、おらんかっ? 壁が崩れんように、頼むっ」
若い村人がひとり、前へ出た。両手をそっとかざし、土に語りかけるように低くつぶやく。すると、掘りたての土壁がかすかに震え、焼き固められたように、石の硬さを帯びていった。
「この辺りの者は、土の森のエルフさまに、術の手ほどきを受けておりましてな」
村長が、誇らしげに胸を張る。エルフの女賢者は穴の縁に膝をつき、固まったばかりの壁に、指先でそっと触れた。
「土の森の同胞は、人族と、よい縁を結んでいるのですね」
「ありがとうございます、ありがとうございます、勇者さま……っ」
村長が、地面に額がつきそうなほど、深々と腰を折る。
「礼はいいよ。馬車を預かってもらう、そのお返しだ」
サイラスは剣を鞘に戻し、仲間たちのほうへと振り返った。
「ふふ。そういうところは、ライアスにそっくりですね」
エルフの女賢者が、懐かしそうに目を細める。
「サイラスは本当に、子供みたいに思いつきで動くんですから」
透き通る金髪を肩の辺りでそろえた神聖術士の少女が、くすりと笑った。
「ほら、出発するよ。ベガリスは、まだ遠いんだから」
「魔王を倒して、無事にお戻りになるのを、お待ちしておりますぞ。それまでに、とびきりのワインを樽ごと、ご用意しておきますからなっ!」
「おっ、樽ごとかい? そいつは楽しみだ」
女剣士が、にやりと白い八重歯を見せた。
村人たちが、両手を振る。森のなかへと小さくなっていく勇者の背中を、村長はいつまでも、いつまでも、頭を垂れて見送りつづけた。
やがて村人たちは、その井戸をこう呼ぶようになる。――勇者の井戸、と。
帰らずの勇者が掘った井戸の話は、それから何百年もの間、村で語り継がれていくことになる。
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さいらすと申します。
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※『勇者レギウス ~最弱勇者と最強従者~』という小説も書いています。
※本編の800年前のお話です。
※リンクはあとがきの下にあります!
挿絵をChatGPTに描いてもらいました!
※この小説は執筆に一部、AIを使用しています。
・自身で執筆した文章をAIに改変させているが、再度全て自分で編集・改稿
・自身で執筆した文章の誤字・脱字チェック




