2-65 記憶
ガリウス王国歴千六百二十五年。現在から四百年前――。
サイラスはベガリス城の上空に浮かび、黒煙を上げる城を、呆然と見下ろしていた。
魔族にさらわれたニーナを奈落から救い出した直後、エミリアの危機を察知して、最速で飛んできた。だが、城にたどり着いたときには、人間の生命反応は、もうひとつも残っていなかった。エミリアの魂も、もう、ここにはない。
だからこそ――サイラスは怒りにまかせて城ごと魔族たちを焼き尽くし、魔王を一刀のもとに両断したのだった。そこには交渉する余地も、情けをかける必要もなかった。
心が押しつぶされそうになり、サイラスはうなだれた。その背後、すこし離れた上空に、ふたりの男女が、陽炎のように音もなくあらわれる。
サイラスは振り返らなかった。来ることがわかっていたかのように、腰の剣に手をかけ、怒りに震える声を絞り出す。
「やはり、おまえたちの仕業だったのか……」
ゆっくりと振り返ったサイラスの真紅の瞳に、殺意が宿っている。ふたりのうちのひとり、黒髪の若い男が、腹を抱えて笑いだした。
「けははっ、久しぶりだな。千二百年ぶりくらいか? それにしても、まったくオマエってだまされやすいの変わってねぇよなぁ。どっちも助けたいなんて甘ちゃんだから、結局いちばん大切に想ってるものを守れねぇんだよ」
「……“彼女”だとわかっていて、魔族を使って殺させたのか?」
「ああ、オマエを探すより、あっちを探すほうがずっと簡単だったからな。知ってるだろ? 魔王なんてコイツのスキルで自由自在に操れちゃうってこと」
男はにやにやと笑いながら、黙ったまま隣にたたずむ黒髪の若い女をちらりと見た。
「オマエには誰も守れない。オマエは絶対にオレには勝てない。オマエだってわかってんだろ? なぁ、許してやっから、オレたちといっしょにこい。まずはあのムカつくガーディアンどもを全員ぶち殺すのを手伝え。その次は、この世界の神々どもを探し出して殺す。やっとこの世界を滅ぼしていいって許可が下りたんだ、今度は失敗しねぇぞ」
「俺はおまえたちなんかに協力しない。この世界も滅ぼさない……」
「ああ? そんなに弱っちいくせに、救世主にでもなったつもりか? このできそこないの裏切り者め……オマエになにができるってんだ? 元の世界に帰りたくねぇのかよっ!」
「……罪のない人たちを殺してまで、前の世界に戻るつもりはない!」
「そもそもオレたちは、この世界を滅ぼすためにアイツらに召喚されたんだぞ! この世界の神々どもをぜんぶ殺して、世界を滅ぼしちまえば、オレたちの世界のオレたちが召喚された時間に戻すって言われただろがっ!」
不機嫌な顔でわめきちらす男をにらみ返し、サイラスは剣を抜いて身構えた。
「けっ、仕方ねぇな。記憶を奪って連れて帰るかぁ。そんでアイツらに意思のない殺戮人形にでも作り変えてもらえば、オマエなんかでもすこしは役に立つかもな……こんな世界、守ったって無駄だってことを思い知らせてやるよ」
「やめてっ!」
黒髪の女が叫んだ。その声が終わるより早く、離れていたはずの男が、左手でサイラスの頭をつかんでいた。
「エクストラスキル《記憶消去》」
『外部からのスキルによる干渉を確認、防衛プログラムが作動。非常用メモリに記憶をバックアップします、完了までおよそ300秒。記憶保護のため、直ちに汎用人格を起動、生存本能スイッチをオンにしました。瞬間的身体能力強化1000%……』
サイラスの身体が、頭をつかむ手を払いのけ、同時に、白く光る剣で斬りつけていた。常人の目には、白い光の筋しか映らない。だが、黒髪の男は紙一重で刃をかわし、ふたたび距離を取った。
「けははっ、記憶を消されても斬りつけてくるなんて、やるじゃねぇか。どんな手品だよ? もう、めんどくせぇから、殺しちまうか。どうせ、すぐに転生するんだろ? オマエが死んだ瞬間に生まれた赤ん坊をぜんぶかっさらってやるよ!」
ニタニタと笑っていた男の顔が急に真顔になり、左手をサイラスに向けた。
「エクストラスキル《神殺の魔槍》!」
男の手のひらから血のように赤黒い光が渦を巻きながら、サイラスに向かって伸びる。
『エクストラスキル《大神の聖槍》を発動します……』
サイラスの右手が、ひとりでに男へ突き出される。放たれた青白い光が、禍々しい赤黒い光とふたりの間でぶつかり合い、激しい音を立てて霧散した。
「そんな大技、オマエじゃあ連発できねぇだろ。たった十五年やそこらしか生きてねぇ身体じゃあ、たいして魔力も溜められねぇんだ。こちとら伊達にこの世界に連れてこられてから、三千年も生きてねぇんだよっ! ほらっ、もう一発だ。エクストラスキル《神殺の魔槍》!!」
「――エクストラスキル《時の支配者》」
いつの間にか、黒髪の女がサイラスのすぐ後ろに立っていた。大切なものを扱うように、その両手が、少年の両肩にそっと触れる。次の瞬間、サイラスの姿は、ふっとかき消えた。
それに気づいた男は、放とうとしていたスキルを止め、女に向かって叫んだ。
「なにしやがんだ、ナナ、てめぇ!」
ナナと呼ばれた黒髪の女は表情を変えることなく、真っ赤な顔をした男を見た。
「殺してはダメ、あの身体は特別……それに九郎のスキルがなければ、この世界は滅ぼせない」
「わかってるよ、そんなこたぁ! けっ、忌々しい。そんで、アイツをどこに飛ばしたんだ?」
「そんなに遠くには行ってない。たぶん、四百年くらい先……」
「てめぇ! ふざっけんなよ! また四百年も待たされんのかよ! それにそのスキル、オマエの記憶が使われちまうんだろ!?」
「大丈夫、あなたのことは、まだなんとなく覚えてる……」
「あーあ、馬鹿らしい。オレは帰る!」
言い捨てるなり、あらわれたときと同じく音もなく、男の姿が消えた。
残された女は、遠くの空をしばらく見つめ、かすかに微笑んだ。
「……また会おうね」
そのつぶやきだけを残して、女の姿も消えた。
誰もいなくなった空を、焼け落ちた城の煙が、風に流されていく。
「記憶喪失勇者」2-65を読んでいただき、本当にありがとうございます!!
さいらすと申します。
もし、この小説を読んで、すこしでも面白いと思っていただけたら
【☆☆☆☆☆】をタップして、★をいただけると嬉しいです!
ブックマークで応援していただけると、とてもとても嬉しいです!!
あなた様の応援が、何よりの原動力です。よろしくお願いいたします!!
2章はこの2-65で終わりです。ここまで読んでいただき、本当にありがとうございました!
現在、3章を執筆中です。1章と2章では、400年前の話が出てきましたが、3章は1600年前の話が出てきます。
3章も執筆が終わりましたら、掲載させていただきます。
よろしくお願いいたします。
※『勇者レギウス ~最弱勇者と最強従者~』という小説も書いています。
※本編の800年前のお話です。
※リンクはあとがきの下にあります!
挿絵をChatGPTに描いてもらいました!
※この小説は執筆に一部、AIを使用しています。
・自身で執筆した文章をAIに改変させているが、再度全て自分で編集・改稿
・自身で執筆した文章の誤字・脱字チェック




