2-63 ありがとう
「ご主人さま、ご主人さまっ! セフィもすっごく、ご主人さまのこと心配してたんだよ? だよ?」
いつの間にか、サイラスの右腕には、水色の髪の小柄な少女が、ぎゅうっとしがみついていた。ラツィの身体のなかで、セフィが表に出てきたらしい。
「セフィ、ごめん。心配かけちゃったね」
「うんっ、すっごく心配したよっ! でも、ベタクロフを倒してくれて、ありがとね、ご主人さまっ!」
ぼろぼろになったメイド服の胸元の合わせがはだけ、白くふくよかな双丘が、サイラスの視界に映った。
(うわっ、相変わらず、目のやり場に困るよ……)
慌てて顔をそらす。サイラスの鼓動が、わずかに速くなった。すぐ近くで、ふたつの咳払いが、こほん、こほん、と続けて聞こえた。ひとつはエミル。もうひとつは、フルリーヌだった。
「……サイラス」
フルリーヌが、サイラスの前に進み出た。
「森がこんなありさまで、たいしたもてなしはできませんけれど……今夜は、集落に泊まっていきなさい。あなたも、みなさんも、ひどく疲れているでしょう」
「ありがとうございます。でも、転移のスキルで、ラグーツの近くまで飛ぼうと思ってるんです。今夜はラグーツで休んで、明日の朝、リーンを目指して出発します」
「……急がなければならない用があるのですね」
「カレラの父親を、追ってるんです。行き先は、たぶんリーンで。すこしでも早く、着かなくちゃ……」
サイラスの後ろで、カレラが、背負った太刀の柄に、そっと手をかけた。
「……そういうことなら、引き止められませんね」
深緑色の瞳に、かすかな寂しさがにじんだ。
フルリーヌは、魔晶石の入った布袋を差し出した。
「これを、お持ちなさい。いまのあなたのマナでは、この人数を運べないでしょう。残りは、旅の役に立ててください」
「こんなにいいんですか!?」
「森を救ってくれたお礼としては、少ないくらいです」
サイラスは、ずしりと重い袋を、両手で受け取った。
「ありがとう、フルリーヌさん」
フルリーヌは、なにかを言いかけて、口をつぐんだ。それから、ふっと笑う。
「……『おかえりなさい』は、もうすこし先に取っておきますね」
「え?」
フルリーヌは答えずに、片手を挙げた。
「では、サイラス。また、会いましょう」
サイラスは、仲間たちを見渡した。エミルが、カレラが、ルナが、マルバンが、それぞれフルリーヌに頭を下げる。セフィは、ひまわりのような笑顔を女賢者に向けた。マルバンの肩の上では、パールも翼を広げて応える。
サイラスは袋から魔晶石をひとつかみ取り出し、握りしめた。手のひらから腕へ、熱いものが駆けのぼってくる。指を開くと、結晶はどれも、黒い石ころに変わっていた。
「――《転移》」
夜気のなかに、七色の粒がきらめいた。空気が水面のように波打ち、次の瞬間――。
燃え跡の森が、ひと息に視界から消えた。
◇
新しい風が、頬をかすめた。夜露の匂いと、川面の湿り気。草むらのあちこちで、虫が鳴きかわす。
雨は降っていない。月明かりの街道が、すらりと先へ続き、その脇を、ラファエル川が銀色に光りながら、北へと流れている。
「ど、どこなのでありますかっ、ここはっ!?」
マルバンが、うろたえて辺りを見まわした。
「……あらあら。我が主さまは、いつの間に、こんな便利なスキルまで覚えたのですか?」
サイラスの新しいスキルに、黙っていられなかったのだろう。ラツィが、セフィから入れ替わっていた。金色の瞳を、感心したように丸くしている。
「一度行ったことのある場所なら、一瞬で飛べるそうだ。私たちも夕方、同じ顔をしたぞ」
ルナが、ふたりの説明係を買って出た。
サイラスは、川の流れていくほうを指差す。
「ラグーツまで、一時間も歩けば着くはずだよ。街に近すぎると、転移したところを人に見られるかもしれないからね。すこし離れたところにしたんだ」
「ご主人さまー! セフィ、この前のお宿がいいよー。ご飯がおいしかったよっ!」
ラグーツと聞いたとたん、またセフィに切り替わったらしい。
「うむ。私は食事はいらないが、あの宿に泊まるのは賛成だ。とくに風呂がよかった」
「我も、ご主人さまのお背中を流したいのであります」
「ボクは、今日は飲むぞーっ! 第一魔将を倒したお祝いだしねっ! あ、そうだ、サイラス~。ご褒美に、ボクといっしょにお風呂に入る~?」
カレラが、にやりと白い八重歯を見せた。
「……また、このバカ猫は男湯に乱入するつもりですか!」
瞬時にセフィがラツィに変わる。周囲の空気が、ぴしっと、比喩ではなく凍りついた。ラツィが、妹の《氷結の女王》の冷気を放ったのだ。
「ま、待って、ラツィ、ボクはその、冗談で、にゃっ」
エミルも、栗色の髪を揺らして、いつになく強いまなざしでカレラに向き直る。
「サイラスくんを、お、お風呂で、独り占めなんて……、わたしは、賛成できませんっ!」
「エ、エミルまで……。冗談だって、冗談……」
普段は張り合ってばかりのふたりが、こんなときだけは、ぴたりと息が合う。カレラは、たじたじとなって、両手を上げて降参した。
サイラスは、苦笑して夜空を仰いだ。
(今日くらいは、ゆっくり、ひとりで湯船に浸かって、休みたかったんだけど)
雲は、ひとつもない。月の下で、まだ言い合っているカレラとエミルとラツィ。やれやれとあきれるルナ。穏やかな顔のマルバン。その肩であくびをするパール。ひとりも欠けずに、みんな、ここにいる。
戦いの後に、こうして当たり前のように、にぎやかに騒げている。そのことだけで、サイラスの胸の奥に、じわりと温かなものが広がっていった。
(ありがとう、みんな)
「記憶喪失勇者」2-63を読んでいただき、本当にありがとうございます!!
さいらすと申します。
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※『勇者レギウス ~最弱勇者と最強従者~』という小説も書いています。
※本編の800年前のお話です。
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挿絵をChatGPTに描いてもらいました!
※この小説は執筆に一部、AIを使用しています。
・自身で執筆した文章をAIに改変させているが、再度全て自分で編集・改稿
・自身で執筆した文章の誤字・脱字チェック




