2-62 ただいま
初夏の日差しが、中庭の若葉を照らす。風が吹くたび、葉の影がちらちらと揺れる。
「……こんなことを言っても信じてもらえないだろうけど、俺には前世の記憶があるんだ。転生って、聞いたことあるかい?」
エミリアは目を見開いたまま、サイラスの言葉を、ひと言、ひと言、丁寧に追っていた。
「……てんせい?」
エミリアの細い眉が、かすかに寄った。
「ごめんなさい、勇者さま。わたし、初めて聞く言葉です」
(そりゃ、そうだよな)
サイラスは、深く息を吐いた。
この世界では、人は死ねば魂が天界に昇る。創造神ソラのもとへと召されて、二度と人界に降りてくることはない。誰もが幼いころから、そう教えられて育つ。
生まれ変わりなどと口にしたら、神殿の巫女に叱られかねない、危うい話だ。
「魂がもう一度、新しい身体に宿って、生まれてくることだよ」
エミリアは、小さく首をかしげた。
「……魂が、もう一度?」
「俺は」
サイラスは、言葉を選ぶように続けた。
「この世界で、何度も、生まれ変わってる。何度も、何度も。そのぜんぶの記憶が、頭のなかに残ったままなんだ」
「……」
エミリアは、しばらく黙ったまま、若い勇者の真紅の瞳を見つめていた。馬鹿げた話だと笑わない。気味が悪いと顔をそむけない。ただ、まっすぐに聞いていた。
「俺はね」
サイラスは声を、ふっと低くした。
「いまよりずっと前にも、キミに会ったことがあるんだ」
「……わたし、に?」
「ああ、生まれ変わる前のキミに」
エミリアの大きな緑の瞳が、戸惑いに揺れる。
「あのときは、ふたつの大国が、争い合ってた。俺は止めなくちゃいけなかったんだ。両方の話を聞いて、間に入って、戦をやめさせるはずだった……」
サイラスの声が震えた。
「でも、できなかった。俺の力じゃ、止められなかったんだ。大勢の人が死んで、国中が焼かれて、城も……、キミも、そのなかにいて……、俺は、キミを守れなかった……。キミが俺のことを覚えていないのは、俺のせいだ……」
ぼたり、と青葉の上に、ひとつ、水滴が落ちた。涙だった。
エミリアは、ただ何度もうなずいている。
サイラスが押し黙ると、エミリアは白い両手を、そっと勇者の額に伸ばした。ふんわりとした少年の金髪を、細い指先がなでていく。
「……わたしが泣いていると、母がよくこうしてくれたんです」
エミリアは芝の上に腰を下ろすと、純白のドレスの膝の上に、そっと勇者の頭を抱いた。
「……いまは、ここで、お休みなさい、勇者さま」
初夏の日の暖かさが、サイラスのまぶたの裏に、ぼんやりとにじんでいく。膝枕の柔らかさ。栗色の髪の花のような甘い香り。サイラスの意識は、ゆっくりと薄れていった。
◆
(いまのは、夢?……エミリアって?)
意識は、まだはっきりしない。暗闇のなかで、遠くから誰かが、自分の名前を呼んでいる。
同時に、頭の奥で、機械のような女性の声が響く。
『ユニークスキル《乙女の祈り(アンドロメダ)》を確認……』
(この声は……)
スキルが発動するときに、いつも聞こえてくる、あの人工的な声だった。その声に、ひとりの少女の切実な祈りが満ちている。
『ユニークスキル《光の勇者》を発動します……』
サイラスの身体から、白い閃光があふれ出した。
動きを止めていた第二形態の、赤い胸の中央に、白い光の点がひとつ、にじみ出た。
光の点を中心に、幾筋ものひびが、赤い肌の上を走っていく。ひびの奥から、目を焼くほどの光がほとばしった。
「にゃ……っ!」
空中で触手に縛られたカレラが、まぶしさに顔をそむける。
――ばぎんッ。
第二形態の前面が、内側から突き破られた。
飛び散る赤い肉片。白い光のかたまりが、黒い大地に降り立つ。
光は、人のかたちをしていた。
光が少年の全身にまとわりつき、みるみるうちに白い鎧をかたどっていく。顔は兜に覆われ、その隙間の奥で、真紅の瞳だけが燃えている。右手に握られているのは、柄も刃も、すべてが光でできた太刀。
「……あの姿……四百年前の、あのときと同じ……」
頭上を旋回するパールの声が、震えていた。
「サイラス、くん……?」
宙づりのエミルの唇から、かすれた声が漏れる。兜の奥の瞳が、一瞬だけ、彼女に向けられた気がした。
だが――。
突き破られた胸の穴が、縁から盛り上がる赤い肉に、ぐぶりとふさがれていく。数呼吸ののちには、元の赤くなめらかな肌が戻っていた。
顔のない頭が、白い鎧の騎士へと向き直る。
九本の触手が、つるし上げていた六人を、離れた地面へ放り出した。ごちそうよりも先に、目の前の敵を排除する。知性のない獣の本能が、そう決めたのだろう。
自由になったすべての触手が、鞭のようにしなり、いっせいに白い騎士へと殺到した。
カレラの太刀も、ルナの槍も、マルバンの爪も、傷ひとつつけられなかった、あの触手が――。
白い光の刃がひらめくたび、なんの手応えもなく両断され、二本、三本と、まとめて宙を舞う。切り落とされた触手が、泥の上で、びたびたとのたうった。
最後の一本が地に落ちるよりも早く、白い鎧が、低く沈み込む。
獣神流の踏み込み――。
地を蹴った騎士の姿が、かき消えるような速さで、赤い人型の懐へ潜り込んだ。
光の太刀が、頭頂部から、縦一文字に振り下ろされる。
のっぺらぼうの頭から、股まで。サイラスを飲み込んだ縦長の口の線をなぞるように、赤い人型は、その奥に抱え込んだ核もろとも、真っぷたつに断ち割られた。
断末魔は、なかった。
左右に分かれた赤い身体が、声もなく倒れ、たちまち真っ黒な灰へと変わっていく。のたうっていた触手も、飛び散った肉片も、ひとつ残らず灰になり、強い雨に叩かれて、流れ消えた。
後には、なにも残らなかった。
白い鎧が、ほどけるように光の粒へと戻っていく。
光が消えた後には、ずぶ濡れの金髪の少年が、ひとりで立っていた。
サイラスは、ぺたりと、その場にへたり込んだ。
「サイラスくん……っ!」
ぬかるみに放り出されていたエミルが、一番早く駆け寄った。
パールが、ほっとしたように舞い降りてくる。
カレラが、ラツィが、マルバンが、ルナが、フルリーヌが、泥のなかから身体を起こして、次々とその名を呼ぶ。
「サイラス、無事だったんだねっ!」
「……我が主さまっ」
「ご主人さまっ!」
「サイラス、戻ったのだな!」
「……サイラス」
サイラスは、駆け寄ってきたエミルに顔を向けた。その真紅の瞳には、普段よりも、すこしだけ深い柔らかさが灯っていた。
「……ただいま、みんな」
「記憶喪失勇者」2-62を読んでいただき、本当にありがとうございます!!
さいらすと申します。
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※『勇者レギウス ~最弱勇者と最強従者~』という小説も書いています。
※本編の800年前のお話です。
※リンクはあとがきの下にあります!
挿絵をChatGPTに描いてもらいました!
※この小説は執筆に一部、AIを使用しています。
・自身で執筆した文章をAIに改変させているが、再度全て自分で編集・改稿
・自身で執筆した文章の誤字・脱字チェック




