2-55 転移
「みんな、目をつぶって」
サイラスの声に、エミルたちは反射的に目を閉じた。
「――《転移》」
足元から、淡い七色の光が湧き上がる。辺りの空気がぐにゃりと歪み、次の瞬間、夕焼けに染まる村の風景が、四人と一羽の周囲から、消えた。
風の匂いが、変わる。乾いた村の砂塵から、青葉と焦げた木の臭いへ。ぱちぱち、となにかが弾ける音。遠くから聞こえる怒声。
「……えっ?」
エミルが、おそるおそる目を開ける。そして、息をのんだ。
「ど、どこなのだ、ここは……っ」
ルナが槍を構えて、青い目できょろきょろと周囲を見渡す。
「にゃっ、にゃにこれっ、さっきまでヨレウスの村にいたよね、ボクたちっ!?」
カレラが黒い猫耳をぴんと立てて、尻尾の毛を膨らませた。
「お、おまえ、いま、なにをしたのだ、勇者っ!?」
パールが、翼をばたつかせてわめいた。本来の姿から、肩に乗るほどの大きさに戻っている。
そこは、森の入口だった。うっそうと茂る梢の上に、どす黒い煙が立ちのぼり、暮れかけた空へ溶けていく。木々の隙間から覗く赤、それは夕陽ではなく、燃え盛る炎だった。
サイラスは、額を押さえた。頭の奥が、ふわりと揺れる。
(めまい……? スキルでマナを使いすぎたのかな……)
だが、倒れるほどではない。
「ごめん、説明は後で。ここ、風の森の入口で合ってるかな」
パールが上空に舞い上がり、すぐに戻ってきた。
「あ、ああ、間違いない……ここはたしかに、風の森だ……」
フクロウの丸い目が、いっそう丸くなっている。
「……あの村から、ここまで、一瞬で……」
その小さな身体が、震えていた。
「サイラスくん、これって……」
エミルが、サイラスの袖をそっと引いた。サイラスは、肩をすくめてみせる。
「いま、頭に浮かんできたんだ。一度行ったことがある場所には、こうやって移動できるみたい」
(昔の僕は、こんな便利なスキルまで持っていたのか……)
しかし、感心している暇はなかった。めきめきと木の裂ける音。魔獣の咆哮。悲鳴にも似た、エルフたちの掛け声。夕風が、それらを森の奥から運んでくる。流れてきた煙が、目にしみた。
「僕は、ひとりで森に入る。みんなは、ここで待っていてくれ」
「なに言ってるんだよ、サイラスっ! ボク、さっきの風で絶好調なんだから!」
カレラが食ってかかった。ルナも同調する。
「私もいっしょに行くぞ。サイラスを守るのが私の役目だ」
サイラスは、首を横に振った。
「身体は治っても、もう分身は出せないんだろ?」
「うっ……」
「森にいるのは操られたラツィだけじゃない。第一魔将だっているんだ。ルナもここでエミルを守っててほしい」
「私はついていくぞ、勇者――」
軽い羽音とともに、パールがサイラスの肩にとまった。
「第一魔将の居場所も、姫さまの居場所も、私のスキルで案内しよう」
「わかった。頼んだよ、パール」
サイラスは、仲間たちの顔を見た。エミルは、両手を胸の前でぎゅっと握りしめている。翠玉色の瞳が、なにか言いたげに揺れていた。
それでも、エミルは小さく、うなずいた。
「サイラスくん……どうか、ご無事で……。わたしたちはここで、信じて、待っています」
「うん。ありがとう、エミル」
「サイラス、第一魔将を倒して、必ずセフィを連れて帰ってこい」
ルナは、まっすぐにサイラスを見すえて言った。
「にゃはは、その通りだよサイラス。お姫さまたちのこと、絶対連れて帰ってきてね」
カレラが笑顔で、愛弟子の肩をぽんと叩いた。
「うん。みんな、行ってくる」
サイラスは、勇者の盾を背負い直すと、煙を吐く森へ踏み込んだ。肩から飛び立ったパールが、頭上を付き従う。
◇
奥へ進むほど、煙が濃くなっていく。熱気が肌をなぶり、額に汗がにじんだ。炎に照らされた幹のいくつかは、すでに黒く炭化している。舞い散る火の粉が、視界をちらちらと赤く染めた。
「勇者、姫さまは、この先だ」
頭上から、パールの声が降ってくる。
サイラスは剣の柄に手を添え、燃え落ちてくる枝をかいくぐって走った。すこし離れた木々の合間に、エルフたちの姿が見える。
彼らは風の精霊を召喚し、得意の弓と剣で魔獣の群れを食い止めていた。その後ろでは、別の者たちが精霊術で水を生み出し、懸命に炎へ浴びせている。だが、火はそれを上回る勢いで燃え広がっていた。
目の前の煙を裂いて、馬ほどもある狼が転がり出てきた。そのすぐ後ろから、コウモリの翼を生やした漆黒のライオンが躍りかかる。
「ふんっ!」
前脚のひと振りで、狼の首がはね飛んだ。
「マルバン……っ!」
サイラスの声に、魔獣姿のマルバンが弾かれたように振り返った。獅子の目が、大きく見開かれる。
「ごっ、ご主人さま!? なぜ、ここに……」
マルバンの視線が、サイラスの頭上を飛ぶ黄金のフクロウを捉えた。
「なるほど、パールの仕業でありましたか。しかし、よくぞ、よくぞ参られたのであります!」
魔族の執事は、サイラスに駆け寄ると、地面に鼻がつかんばかりに、深く頭を下げた。
「姫さまが……あちらで……」
マルバンが示した先――炎の最も激しい中心部に、その姿はあった。
赤い髪をなびかせた、人形のように整った顔の少女。
その周囲を、六体の黒いユニコーン像が、円を描いて回っている。像の口から炎が噴き出すたび、あの美しかった森が、音を立てて焼け落ちていく。
金色の瞳は、虚ろだった。表情は、能面のように凍りついている。
「記憶喪失勇者」2-55を読んでいただき、本当にありがとうございます!!
さいらすと申します。
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※『勇者レギウス ~最弱勇者と最強従者~』という小説も書いています。
※本編の800年前のお話です。
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挿絵をChatGPTに描いてもらいました!
※この小説は執筆に一部、AIを使用しています。
・自身で執筆した文章をAIに改変させているが、再度全て自分で編集・改稿
・自身で執筆した文章の誤字・脱字チェック




