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【2章完結】記憶喪失勇者 ~最強の勇者は、自分が何者なのかを知らない~  作者: さいらす
第2章

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2-54 ヘカトゥース

 巨体の魔族が、はち切れんばかりの筋肉に覆われた漆黒の腕を、大きく振りかぶった。


 風を巻き込んで、拳が落ちてくる。


 ルナが白い槍を斜めに構え、その前に立ちふさがった。青い目を見開き、歯を食いしばる。


 カレラが牙を剥いて、ルナの横へ飛び出した。


「――ボクが受けるッ、ふたりとも下がってて!」


 だが、カレラも一連の戦闘で消耗しきっていた。あの拳をまともに食らえば――。


 その背後で、エミルはサイラスの頭を胸に抱きしめたまま、ぎゅっと目を閉じた。


「サイラスくん……っ」


 そのとき。


『……風の盾……』


 エミルの頭のなかに、春のそよ風のような声が、直接響いた。


 カレラの目の前で、突風が渦を巻いた。黒い拳が見えない壁に弾かれ、大きく横へそれる。


 ――ずどぉぉぉん。


 拳は、カレラのすぐ脇の地面を深々とえぐった。土砂が舞い上がり、勢いあまった巨体がたたらを踏む。


「にゃっ!?」


 太刀を構えたまま、カレラが目を丸くする。


「風が拳を受け流した……? 精霊術か!? いったい誰が……」


 ルナが素早く辺りを見まわす。詠唱の声も、術士の姿も、どこにもない。


 エミルは、呆然と自分の手のひらを見つめた。


「い、いまの、声……?」


 ふたたび、あの声がささやく。


『……風の癒やし……』


 暖かな風が、羽毛でなでるように、ふわりと一同を包み込んだ。


 ふらついていたカレラの脚に、力が戻る。荒かった呼吸が、すっと軽くなっていく。


「な、なんだか身体が軽いよ!? 傷も痛くない!」


 エミルの腕のなかで、サイラスのまぶたが、そっと持ち上がった。真紅の瞳が、エミルの顔を映す。


「……エミル?」


「サイラスくんっ……!」


 翠玉色の瞳が、みるみるうちに潤んでいく。こらえきれなかった涙が、サイラスの頬にぽたぽたと落ちた。


「……よかった、ぁ……本当に……本当に……っ」


「ウグゴガァァッ!」


 咆哮が、再会の余韻を吹き飛ばした。地面にめり込んだ拳を引き抜き、巨体がこちらに向き直る。


「話は後だ! 来るぞ!」


 サイラスは跳ね起きて、地面に落ちていた勇者の剣をつかみ、盾を拾い上げた。


(あれ? 痛みが、消えてる?)


「カレラ、動ける?」


「ばっちり、絶好調だよ!」


「よし。さっきと同じ作戦でいこう。脚を頼む!」


「了解っ!」


 カレラが正面から突っ込み、高く跳んで魔族の目を引きつける。着地と同時に、がら空きの膝裏へ太刀を走らせた。


「グゲゲッ!」


 巨体が、がくりと膝をつく。倒れまいと突いた拳が、地面をえぐった。


 サイラスは、もう駆け出していた。地面を蹴るたびに、足が弾む。


 地についた太い腕の下をくぐり抜ける。目の前に、脇腹の鱗の隙間があった。


(そこだっ!)


 白い刃を、渾身の力で突き入れた。骨を断つ、確かな一撃。


 剣を引き抜くより早く、巨体の輪郭が、ぼろぼろと崩れはじめた。黒い灰が風にさらわれていく。後には、なにも残らなかった。


「にゃはは、一丁上がりっ!」


「サイラス、起きたのだな。心配したのだぞ」


「うん、ごめん。心配かけたね」


(そうだ、僕は、急に目の前が真っ白になって……)


「ていうか、さっきの風、いったいなんだったの?」


 カレラが、黒い猫耳をぴくぴくと動かしながら、エミルを振り返った。ルナも槍を下ろし、空色の瞳をエミルに向ける。


「わ、わかりません……。頭のなかで、優しい声が聞こえて……そうしたら、勝手に風が……。わたし、なにもしてないんです」


 エミルは、戸惑うように胸元を押さえた。


「それってきっと、フルリーヌさまがくれた精霊の声だよ!」


 カレラが、嬉しそうにエミルの肩を両手で抱いた。


(頭のなかで声が聞こえて、勝手に力が発動する……。僕の、あの声と同じだ……)


 ――ずん。


 足元が、ふたたび揺れた。


 村の奥から、三体目。その後ろから、四体目。いま倒したばかりの魔族と同じ巨体が、のしのしと姿をあらわす。


「そんな……嘘でしょう……」


 エミルのかすれた声に、サイラスは仲間たちの前へ出て、剣を構えた。


 巨体たちが、ゆっくりと、しかし確実に距離を詰めてくる。その向こうで、さらに地響きが重なっていく。


(きりが、ないな)


 柄を握る指に、力がこもる。


「――勇者ァ!」


 甲高い声が、夕焼けの空を裂いた。


 黄金の翼。二メートルはあろうかという巨大なフクロウが、羽根を散らしながら急降下してくる。村の入り口、サイラスたちの足元に、音もなく舞い降りた。


「……パール?」


「これが私の本来の姿だ、その目に焼きつけておけ!」


 くるりと頭を回して、顔をそむける仕草は、いつものパールだった。ただし、その金の瞳には、見たことのない切迫の色がある。


「この村にいるのはアルージュの第二魔将、不死身のヘカトゥース。おまえたちが戦っているのは奴のユニークスキル《魂なき傀儡(ゴーレム)》で作られた操り人形だ」


「――操り人形!?」


「ああ。奴の操り人形は、本体を倒さねば無限に湧いてくる。本体の居場所は、私のスキルですでに割り出した」


 パールは、翼で村の奥を示した。


「ついてこい! 急げ!」


 尋ねる隙もなく、大きな羽ばたきが頭上へ遠ざかっていく。


「みんな、いっしょに来てくれ。いまは離れないほうがいい」


 四人が、同時にうなずく。サイラスは剣を鞘に収め、迫る巨体たちの間を縫うように走り出した。


「あそこだ……村長の屋敷だ!」


 ヨレウスが指差した先に、古びた石造りの館があった。ほかの家よりも、ひと回り大きい。


 上空のパールが叫んだ。


「その館の奥だ!」


 サイラスは、迷わず館の扉を蹴り開けた。


 駆け込むと、屋敷の一番大きな広間に、それはいた。


 魚顔。黄色い舌。黒い鱗。いままで倒してきた雑魚とまったく同じ姿――第二魔将と先に言われていなければ、気がつくことはないだろう。


 壁際には、泣き腫らした顔の女と子供たちが、身を寄せ合って固まっていた。手足にかせはない。逃げる気力もない、というようすだった。


 部屋の真ん中に座り込んだヘカトゥースが、両手を床に突き立て、指を複雑に動かしていた。


 その手が、止まった。


 平たい目が、驚愕に見開かれる。ちゅるりと、黄色い舌が引っ込んだ。


 逃げ道を探すように、視線を左右に泳がせた、その一秒。


 それで、充分だった。


 抜き放った白刃が、ひと筋の光を引く。魚顔の頭が胴から離れ、床に転がった。


 ヘカトゥースの身体は、黒い灰と化し、拳大の魔晶石が床に残った。


 サイラスは、剣を鞘に戻すと、笑顔で振り返る。


「もう、大丈夫」


 女と子供たちは、しばらく動けなかった。


 それから、堰を切ったように、すすり泣きが広がった。


◇


 建物の外に出ると、夕焼けの最後の赤が、村の空を染めていた。村のあちこちで、あの巨体たちが崩れ、黒い灰となって風に散っていく。


 助け出された女たちが、ひとり、またひとり、よろめくように地面を踏みしめる。泣いている子供たちを、母親らしき女が抱き上げて、頬を寄せる。


(やっぱり、村の男たちは、ひとりも残っていないんだな……)


「フラン! フランッ!」


「ヨレウス……っ!」


 赤いローブを着た女が、ヨレウスの声に気づいて駆け寄る。ヨレウスはその細い肩を強く抱きしめた。


 ふたりの肩が、声もなく震えている。


 サイラスは、目を伏せた。


「――勇者。もう、時間がない!」


 パールの声が、裏返っていた。


 普段の、つんと澄ました高慢さは、どこにもない。


「姫さまが操られて、風の森を焼いている」


「え!?」


「第一魔将、ベタクロフの両眼には、魅了のスキルがある。勇者のスキルを封じられたおまえが奴に操られ、人族の敵になることを心配された姫さまは、泣く泣くおまえから離れたのだ」


 サイラスの呼吸が、止まった。


「森では、フルリーヌ殿とエルフの民が懸命に魔獣と戦っている。どうか姫さまを止めてくれ、第一魔将を倒してくれ――」


 金の羽根が、ざわりと波立つ。


「四百年前、私はおまえが魔王を倒すところを見た。本当のおまえはものすごく強いのだ。奴を、ベタクロフを倒せるのは、おまえしかいない……」


 よく見れば、羽根はあちこちが乱れていた。風の森から、ここまで休まずに飛びつづけてきたのだろう。


 黄金のフクロウは――誇り高い魔王国ギドレの元魔将は、憎みつづけた勇者の前で、静かに、こうべを垂れた。声が震えている。


「姫さまを助けてくれ、お願いだ、勇者」


「顔を上げてくれ、パール」


 『本当のおまえ』――パールの言葉が、胸の奥に小さく引っかかる。けれど、サイラスの目は、もう風の森の方角を向いていた。


(行かなきゃ)


 頭のなかに、いま必要なスキルが浮かんできた。


「記憶喪失勇者」2-54を読んでいただき、本当にありがとうございます!!

さいらすと申します。


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※『勇者レギウス ~最弱勇者と最強従者~』という小説も書いています。

※本編の800年前のお話です。

※リンクはあとがきの下にあります!


挿絵をChatGPTに描いてもらいました!


挿絵(By みてみん)




※この小説は執筆に一部、AIを使用しています。

・自身で執筆した文章をAIに改変させているが、再度全て自分で編集・改稿

・自身で執筆した文章の誤字・脱字チェック

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『勇者レギウス ~最弱勇者と最強従者~』はこちら 本編の800年前のお話です。
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