2-53 黒いユニコーン
「うおおおおおん、姫さまああぁ……!」
隣で、地を震わすような号泣が起こった。
ライオンの姿のマルバンが、前脚で顔を覆い、身をよじって泣き崩れている。大粒の涙が、滝のように地面を濡らしていく。
「このマルバン……感無量であります! ご主人さまの古いお仲間に仲間と認めていただけるとはっ!」
「マルバン、ちょっと落ち着きなさい」
パールが、ぴしゃり、と翼で黒獅子の鼻面を叩く。
「エルフのみなさまが、困っておいでです」
実際、救護班のエルフたちが、唖然とした顔で、巨大なライオンが男泣きするさまを眺めていた。フルリーヌだけが、くすりと口元をほころばせる。
「変わった方ですね」
「……本当にごめんなさい……」
ラツィの頬が、赤く染まった。
◇
「そういえば、サイラスたちはどうしたのでしょう? ここにはいないようですけど」
フルリーヌが、穏やかに問いかける。
赤く染まったラツィの顔が、すうっと青白くなっていく。
話すべきか、話していいのか、すこしだけ迷った。
それでも、ラツィは口を開いた。サイラスが勇者のスキルを封印されたこと、なにも告げずにラグーツの街を出てきたこと、アルージュの第一魔将が自分を捕らえにこの森へやってくることを、かいつまんで話した。
「……いまの主さまが奴の前に立てば、きっと操られてしまいます。そうなれば、主さまの手で、なにもかもが……」
ラツィの指が、破れたスカートの裾をきつく握りしめる。
「……だから、わたくしが離れるしかなかったのです」
「この短い間に、そんなことがあったのですね……でも――」
エルフの賢者の手が優しく、ラツィの頭をなでた。
「もっと、あの子を信じなさい。頼ったって大丈夫。サイラスは本当に強い子なのですから」
フルリーヌが微笑んで、ラツィの瞳を覗き込む。
「……い、言われなくても、わかっています。わたくしの主さまなのですから」
ラツィは、目に涙を溜めて、顔をそむけた。
そのとき。どんっと地面が、揺れた。
焼け残った木々の奥から、桁外れに重い足音が近づいてくる。
「……え?」
誰かがつぶやいた。
次の瞬間、すこし先の大樹がぐわりと横倒しになった。続けざまに二本、三本と、紙細工のようになぎ倒されていく。
土埃の向こうから、山のような影が、のっそりと姿をあらわした。
十メートルを、優に超える巨体。ニタニタと笑う醜い豚顔の口元には、ふたつの黄ばんだ牙がだらしなく覗いている。
「ブフ、ブフフフ――」
地を這うような、下卑た笑い声が、森を震わせた。
「探したぞ、我が麗しの玩具ラツィよ」
「――っ!」
ラツィの身体が凍りついた。頭のてっぺんから爪先まで、ぞくりと寒気が走る。
この声を、忘れたことは一度もない。耳に入れただけで、身体が穢れていく気がする。
(ベタクロフ……)
「姫さまっ!」
マルバンとパールの声が、同時だった。
ばさり、と黒い翼を広げ、マルバンがラツィの前に躍り出る。牙を剥き、全身で主を背にかばう。
「お目をおそらしくださいっ!」
パールが、金色の羽毛を逆立てて叫ぶ。
「奴の眼を、見てはなりませぬっ!」
恐怖で頭がぼうっとしていた。見てはだめ――そう思った刹那、ラツィの目は、影の上のほうへ吸い寄せられていた。
「――姫さまっ!」
ふたたび、パールが叫ぶ。けれど、遅かった。
どろりと濁った、黄ばんだ眼球。瞳孔の奥で、赤い光が、ぐにゃりと渦を巻いている。
視線と視線が、絡んだ、その瞬間。
ラツィの耳の奥で、ぷつり、となにかが切れた。
身体が、自分のものではなくなる。心のなかで、何百回となく叫ぶ――やめて、やめて、いや――けれど、そのどの声も、喉には届かない。
ラツィの両腕が、手のひらを上にして、空に向かって掲げられていく。
メイド服の裂けた袖が、音もなくはためいた。
森の上空。焦げた煙を突き抜けて、大きな影が、ひとつ、ふたつ、みっつ、と、次々と増えていく。
あらわれたのは、真っ黒な馬の胸像。
ラツィの白いユニコーン像と、形も大きさもまったく同じ。ただ、色だけが、底なしの闇だった。額の螺旋の角には、赤黒い炎の線が走っている。
一体。二体。三体。四体。五体。――六体。
六体の、漆黒のユニコーン像が、風の森の焦げた空に、ゆらりと浮かんでいた。その口から、鼻から、いまにも噴き出しそうな、煮えたぎる炎の舌が、ちろちろと漏れ出している。
「ブハハハッ!」
地の底から湧くような、歓喜の高笑いが、森に響き渡った。
「ラツィよ、おまえの父と同じように、おまえにも、このエルフの森を、焼き尽くさせてやろうぞっ!」
炎の舌が、長く、長く、闇のユニコーンたちの口から、ゆっくりと、伸びていく。
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※『勇者レギウス ~最弱勇者と最強従者~』という小説も書いています。
※本編の800年前のお話です。
※リンクはあとがきの下にあります!
挿絵をChatGPTに描いてもらいました!
※この小説は執筆に一部、AIを使用しています。
・自身で執筆した文章をAIに改変させているが、再度全て自分で編集・改稿
・自身で執筆した文章の誤字・脱字チェック




