2-49 呼び声
巨体の魔族が、血走った眼をぎょろりとサイラスたちに向けた。口の端が吊り上がり、細長い黄色の舌がぬるりと伸びて唇を舐める。
「――っ!」
見下ろされただけで、首筋の毛がぞわりと逆立った。
(さっきの奴らと見た目は同じだけど、なんてでかさだ……)
「こいつが魔族たちのボスかもね」
カレラが太刀を構え、サイラスの横に並ぶ。
小麦色の額の汗は、まだ乾いていない。サイラスも同じだ。スキルなしで剣を振りつづけた腕が、じんと重い。
サイラスは背中の勇者の盾を下ろし、左腕に通した。鮮やかな黄色の大盾に、精霊神ルミナの紋章が明るく光る。
「ルナ、エミルとヨレウスを頼む!」
「ああ、任せろ!」
ルナが白い槍を構え、ふたりの前に立った。
「サイラスくん、気をつけて……」
エミルの声に振り返る余裕はなかった。
太い腕が、棍棒を高々と振り上げる。
「サイラス、跳んで!」
サイラスとカレラが左右に跳んだ直後――。
――ずどぉん。
さっきまでふたりが立っていた地面が陥没し、土砂が四方に弾け飛んだ。飛んできた石が頬をかすめる。
「うわっ……!」
地面には、人ひとりがすっぽり入りそうな穴が開いていた。
(あの一撃をまともに食らったら、終わりだな)
「カレラ、正面は避けて、横から攻めよう!」
「わかった! 《獣神分身》!」
カレラの身体が三つに分かれ、魔族の周りを円を描くように駆ける。三人のカレラが、棍棒を握る腕へ同時に斬りつけた。
――がきん。
「くっ、硬~い。雑魚とは比べものにならないよ!」
弾かれた太刀を握ったまま、カレラが痺れた手を振る。
ごう、と風が鳴った。横薙ぎの棍棒が、カレラの身体を弾き飛ばす――。
「カレラっ!!」
血の気が引いた。
だが、宙を舞った身体は、地面に落ちる前に煙のようにかき消えた。
「分身だよ! ボクはこっち!」
反対側から、カレラの声が飛んでくる。詰めていた息が漏れた。
魔族が、声のしたほうへ向き直る。サイラスに、無防備な背中を見せた。
サイラスはその背後へ回り込んで跳び、首の付け根めがけて勇者の剣を振り下ろした。
ぎんっ、と岩を殴りつけたような手ごたえが、手首まで跳ね返ってくる。白い刃は鱗の上を滑り、浅い筋を残しただけだった。
「グガァアァ!」
魔族が吠え、振り向きざまに棍棒を振り回した。サイラスは身を伏せてかわす。頭の上を、重たい風が通り過ぎた。持ち上がった腕の下、脇腹に、鱗の切れ目が見えた。
(あそこなら、刃が通るかも!?)
「サイラス、大丈夫!?」
「平気だよ! カレラ、奴の脚を止めてくれ! 脇腹の鱗の継ぎ目を狙う!」
「了解!」
カレラとその分身が二方向から魔族の脚に迫る。分身のひとりが、踏み下ろされた足の下でかき消えた。その陰から本物のカレラが滑り込み、鱗の薄い膝の裏を切り裂く。
「グゲッ!」
巨体が、がくりと傾いた。
(いまだ!)
つま先で地面を蹴った。獣神流の踏み込みで、一気に懐へ潜り込む。脇腹の継ぎ目へ、剣を突き立てた。柄まで沈む、深い手ごたえ。
「グゥアァアァ……!」
魔族が絶叫し、めちゃくちゃに腕を振り回した。剣を引き抜いて飛び退く――が、目の前に、もう拳があった。
(間に合えッ!)
サイラスはとっさに勇者の盾を前に突き出した。
ごぉぉん、と鐘を打ったような音が響いた。
受け止めきれない。盾ごと、身体が真横に吹き飛んだ。
「がっ……!」
肩から地面に叩きつけられ、息が止まる。
「サイラスくんっ!」
エミルの悲鳴が聞こえた。
「サイラス!!」
カレラが叫んで駆け寄ろうとする。だが、魔族が向き直り、その鼻先へ棍棒を振るった。カレラは後ろへ跳んで、かろうじてかわす。
(倒れてる場合じゃない。立たないと……)
サイラスは歯を食いしばり、勇者の剣を杖にして身体を起こした。右肩が脈打つように痛む。腕の感覚が鈍い。
(盾がなかったら、いまので終わってた……)
魔族の傷口から、どす黒い液体がぼたぼたと地面に滴り落ちていた。巨体の動きも、さっきより鈍い。
(効いてる。あと一撃で仕留められる)
サイラスは地面に落ちた盾を拾い上げ、左腕に構え直した。
「カレラ! もう一度、脚を頼む!」
「……わかった! 《獣神分身》!」
カレラがふたたび分身する。だが、あらわれた分身はひとりだけだった。
「ごめん、マナがもう限界!」
「充分だよ!」
カレラが正面から駆け込み、魔族の注意を引きつける。分身が反対側から脚に斬りかかった。
棍棒が振り下ろされる。カレラは紙一重でかわしたが、地面を打った衝撃によろめいた。
サイラスが走る。痛む肩を無視して、残る力のすべてを脚に込めた。
魔族の眼は、カレラを追っている。さっき剣を突き立てた傷口が、目の前で赤黒く口を開けていた。
(そこだ!)
盾を投げ捨て、剣を両手で握って跳ぶ。
全体重をのせた切っ先が、傷口へ深々と吸い込まれた。
「グ……ガ……ァ……」
魔族が膝を折った。巨大な棍棒が手から滑り落ち、地面に転がる。
サイラスは剣を引き抜き、倒れかかってくる影の下から転がり出た。
ずぅん、と地響きを立てて、魔族が崩れ落ちた。やがてその身体が灰へと変わり、風に散って消える。後にはなにも残らなかった。
「……やった、のか」
サイラスは荒い呼吸を整えながら、膝に手をついた。右肩が熱い。腕に力が入らない。
「サイラスくん!」
エミルが駆け寄ってきた。その後をルナとヨレウスが追う。
「怪我していませんか!?」
「大丈夫。ちょっとぶつけたところが痛いだけだよ」
そう答えたが、盾を拾う左腕にも拳を受け止めた衝撃が残っていた。
「にゃは……やったね。サイラス」
カレラも近くにやってきた。額の汗をぬぐいながら、疲れた顔で笑う。
「さすがだな、ふたりとも。あんなに大きい奴まで倒すとは」
ルナの空色の瞳にも安堵の色が浮かんでいる。
「右肩をやられたな。見せてみろ、すぐに治す」
「お、俺も手伝う」
ルナとヨレウスが、サイラスの肩に手をかざす。ふたりの手のひらに、白い光がともった――。
――ずん。
白い光が、揺らいで消えた。全員の動きが止まる。
ずん。ずん。ずん。
さっきとまったく同じ、あの重い足音。村の奥の暗がりから、近づいてくる。
「……うそ、でしょ」
カレラがつぶやいた。太刀を握る手が震えている。
建物の影からあらわれたのは――さっき倒したのと同じ巨体の魔族だった。
「まだいたのか……! いったい何体いるんだ!」
ルナが歯噛みした。
「グゲゲゲゲ……」
二体目の巨体は、嘲るように笑った。
サイラスは剣を構えようとした。だが、右腕が上がらない。肩の痛みが、鼓動に合わせて全身に響いている。盾を持つ左腕も鉛のように重い。カレラも肩で大きく息をしていて、立っているのがやっとだった。
(このままじゃ……まずい)
『……きて、サイ……ラス……』
どこからか、そんな声が聞こえた気がした。
「――え?」
次の瞬間、サイラスの視界が白く染まった。
足の感覚が消える。腕が動かない。まるで身体が自分のものでなくなったかのように、すべてが遠のいていく。
(なんだ……? これは、敵の攻撃じゃない。なにか別の……)
サイラスの手から、勇者の剣が滑り落ちた。白い刃が地面にぶつかり、鈍い音を立てる。続いて、左腕の盾も、ごとりと地面に落ちた。
「サイラスくん!?」
「サイラス!」
「サイラス! しっかりしろ!」
エミル、カレラ、ルナの声が、遠い水の底から聞こえるように響く。
サイラスは前のめりに倒れ込んだ。駆け寄ったエミルが、崩れ落ちる身体を受け止める。
「サイラスくん! サイラスくん! 目を開けてください!」
エミルがサイラスの頬を両手で包み、必死に呼びかける。だが、サイラスの瞳はもうなにも映していなかった。
二体目の巨体が、ゆっくりと拳を振り上げる。
「――来るぞ!」
ルナが白い槍の穂先を巨体に向け、意識を失ったサイラスとエミルの前に立ちはだかった。
「記憶喪失勇者」2-49を読んでいただき、本当にありがとうございます!!
さいらすと申します。
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※『勇者レギウス ~最弱勇者と最強従者~』という小説も書いています。
※本編の800年前のお話です。
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挿絵をChatGPTに描いてもらいました!
※この小説は執筆に一部、AIを使用しています。
・自身で執筆した文章をAIに改変させているが、再度全て自分で編集・改稿
・自身で執筆した文章の誤字・脱字チェック




