2-47 妄執
四日間の特訓を終えたサイラスは、ようやく床を離れたカレラと、エミル、ルナを連れて、剣聖の里を後にした。
「本当にもう身体は大丈夫なの、カレラ?」
「へーき、へーき。寝すぎて、力があり余っちゃってる感じだよ~」
黒髪の女剣士は腕をぶんぶんと回して、元気になったことをアピールした。
(無理してるな、カレラ)
叔父であり師匠でもあったシエラゴを失い、ずっと探していた父は化け物になった。それでもカレラは、目を覚ましてから、涙ひとつ見せなかった。その気丈さが、かえって痛々しい。
サイラスの視線に気づいたのか、カレラが笑顔を消して、ぽつりとつぶやいた。
「父さんはきっと、昔自分を倒したシリウスを狙ってる。リーンに向かったとしか考えられないよ」
サイラスもうなずく。
(シリウスさんのそばには、ソフィアさんやヴァレリアさん、シエラゴさんの息子のウルスさんもいる。みんなで力を合わせれば、きっとディアロを止められる)
◇
剣聖の里を出て一日ほど北上し、街道に差し掛かったところで、サイラスたちは今夜の野営の準備を始めた。
ちょうどそのとき、街道の向こうからよろよろとひとりの男が歩いてくるのが見えた。男はこちらに気がつくと、近寄りながら叫んだ。
「助けてくれっ! 俺の村が、魔族に襲われてるんだ!」
サイラスは男に駆け寄った。男の顔には見覚えがある。勇者の盾を手に入れたときに出会った、冒険者三人組のなかの神聖術士だ。
「あっ! あんた、あのときの……。あんた、勇者なんだろ!? 頼むよ、助けてくれよっ!」
カレラ、エミル、ルナもサイラスのところにやってきた。男はヨレウスと名乗った。
「俺の村は、ここから一日ほど離れたところにあるんだ……」
夜通し走ってきたのか、神聖術士のローブは泥と汗にまみれ、足はもつれている。
「突然、魔族があらわれて、男はみんな殺された……。ヘロレスが囮になって、俺だけを逃がしてくれたんだ……。あいつ、『俺は勇者ヘロレスだ』なんて言って、ひとりで魔族に向かっていって……。女と子供だけが、村長の屋敷に集められてる。そのなかに……フランが……ヘロレスの妹のフランがいるんだっ! 頼む、どうか助けてくれっ!」
(女と子供だけを、生かして集めてる……なぜだ?)
「魔族は何体いるの?」
「わからない……。でも、俺が見ただけで、数十体はいた……」
カレラが眉を寄せた。エミルが青い顔になる。
「サイラス――」
ルナが苦い顔で口を開いた。
「いくら剣聖の里で特訓したとはいっても、いまのおまえの状態で、その数の魔族と戦うのは無謀だ。ラグーツの街で、衛兵か冒険者ギルドに助けを求めよう」
だが、サイラスは静かに首を振った。
「ここからラグーツまで二日。すぐに街から救援が出たとしても、村まで三日はかかる。それじゃあ、助かる生命も助けられない」
(すこしでも先を急ぎたいカレラの気持ちも、心配してくれるルナの気持ちもわかる。それでも――)
「わたしも、サイラスくんに賛成です」
エミルが、青い顔のまま、それでもはっきりと言った。
「フランさんたちが待っているなら……急がないと」
サイラスはエミルにうなずいてから、ヨレウスに顔を向けた。
「すぐに村へ向かおう。ヨレウス、案内してくれ」
「あ、ありがとう……ありがとう……!」
ヨレウスは涙を流して、何度も頭を下げた。
カレラは一瞬、リーンの方角へ鋭い目を向けた。だが、すぐにいつもの笑顔に戻る。
「仕方ないにゃあ、サイラスは。困ってる人を放っておけないのが、キミだもんね」
やれやれといった顔で、背中の太刀の柄に手をかけた。
「じゃあ、ちょっくら村まで行って、リハビリがてら魔族どもを蹴散らしてやりますか!」
「ありがとう、カレラ。……悪いけど、ルナ。エミルのことをよろしく頼む」
「止めても聞かないのはわかっていたさ。エミルのことは任せておけ」
一行はディアロを追うことを一時中断し、ヨレウスの導きで、魔族に襲われている村へと、日が落ちようとしている街道を急いだ。
◆
リーンの街を見下ろすトロワール大公の居城、メルクリウス宮殿。その訓練場のなかから、鋭い剣戟の音が城内に響き渡っていた。
金属がぶつかり合い、火花が散る。
金髪紅眼の青年シリウス・ティグエル・ユヌリスの剣を、黒髪のマレス族の剣士ウルスと、金髪碧眼の女騎士ヴァレリアがふたりがかりで受けていた。
稽古とは名ばかりだった。
ガリウス王国でただひとりのランク10であるシリウスの剣閃はあまりに苛烈で、ふたりは防戦一方に追い込まれている。
ウルスの額から汗が流れ、ヴァレリアの青い瞳に焦りの色が浮かんだ。普段はふたりの技を磨くための稽古だが、今日の剣には、別のなにかが乗っていた。
(どこの馬の骨ともわからない奴が、勇者だと?)
シリウスの胸の奥で、黒い炎がくすぶっている。
旧ガヤルド王国領での戦いで、シリウスは魔将ハレンダイトに顎を砕かれ、地に膝をついた。そこに颯爽とあらわれたのが、奴だった。
自分と同じ金髪に真紅の瞳を持つ見ず知らずの少年が、魔将を倒し、神聖術まで行使してみせたのだ。
(笑わせるな。この国の王になるのは、私だ)
幼いころから何度となく聞かされてきた父の言葉が、脳裏に蘇る。
『おまえは必ず勇者になれ。この国の王になれ。私にはできなかったことを、おまえが成し遂げるのだ』
ユヌリス大公――シリウスの父は、現国王レオン・マクシム・ガリウスの兄である。ガリウス王家の嫡流でありながら、片目が青かったために王位を弟に奪われた男だった。
勇者の証である真紅の瞳を両目に宿さなかった、ただそれだけのことで……。
以来、父は真紅の両目を持って生まれた息子に自分の果たせなかった夢のすべてを託した。最高の師をつけ、最高の環境を与え、最高の剣士に育て上げた。
シリウスがランク10に達したとき、父は涙を流して喜んだ。
『もうすこしだ。魔王を倒せ。そうすればこの国はおまえのものだ』
(そうだ。魔王を倒すのは、この私だ……。あの少年ではない)
シリウスの剣が唸りを上げた。
「ぐっ……!」
ウルスがよろめき、片膝をつく。太刀が弾かれ、石畳の上を滑っていった。
「ウルス!」
ヴァレリアが叫び、シリウスの前に剣を構えて立ちはだかる。
「シリウス、やりすぎよ! これは稽古でしょう!?」
だが、シリウスは剣を下ろさない。鋭い瞳でウルスを見下ろし、冷たく言い放つ。
「まだだ。立て、ウルス。この程度で倒れるようでは、私の従者は務まらんぞ」
「……はい」
ウルスは額の汗をぬぐい、黙って太刀を拾い上げた。シリウスの本性を知るウルスにとって、こういう日は珍しくない。主の機嫌が悪いとき、その怒りのはけ口になるのも従者の務めだと心得ている。
ヴァレリアは唇を噛み、シリウスを見つめた。
子供のころからずっとそばで見てきた。表ではこの国でもっとも爽やかな好青年を演じているが、その裏側にある苛烈さも、渇望も、重圧も、すべて知っている。
それでも――いや、だからこそ、ヴァレリアはこの男から目を離せないのだ。
訓練場の隅では、数人のトロワール大公国の兵士が息をのんで見守っていた。彼らが知っているのは、国民に愛される“剣光の貴公子”の姿だけだ。だが今日は、その剣光がいつにも増して凄まじく、気安く声をかけられる雰囲気ではなかった。
シリウスは構え直した。
整った顔立ちは普段の爽やかさを失い、ガリウス王国最強の剣士の瞳の奥には、獲物を狩り殺さんばかりの光が宿っている。
(勇者は、私だ。ほかの誰でもない)




