2-46 そばにいたい
サイラスが特訓を始めた日から、エミルも里の裏手で、精霊術の訓練を続けていた。
大きな木の前に立ち、胸の前で両手を組んで、目を閉じる。フルリーヌに言われたとおり、精霊ラファの声に、じっと耳を澄ませる。
(ラファさん……聞こえますか?)
梢が、さわさわと鳴った。はっとして目を開ける。けれど、それは風が枝を揺らしただけだった。
四日目の夕方になっても、声は一度も聞こえなかった。
遠くから、木刀を打ち合う乾いた音が届いてくる。サイラスたちの特訓だ。
(サイラスくんは、毎日あんなに頑張ってるのに……)
「やっぱり、わたしには無理なのかな……」
肩を落とし、地面に座り込むエミルに、特訓を終えたサイラスが声をかけた。
「どうかしたの、エミル? 元気がないみたいだけど」
「はい……朝からずっとここで精霊に話しかけているんですが、なにも感じられなくて……」
「焦らなくたっていいさ。フルリーヌさんがエミルには精霊の声を聞く才能があるって言ってたし、そのうちきっと聞こえるようになるよ」
サイラスはエミルの隣に腰を下ろした。
「僕だって、初日は四人に転がされてばっかりだったんだ。今日やっと、一本取れたところだよ」
顔を上げたエミルが、小さく微笑む。
「四人から一本なんて、さすが勇者さまですね。……ありがとうございます。わたしも、サイラスくんの力になれるように、もっと頑張ります」
その言葉に、サイラスの胸が、ちくりと痛んだ。
(ルルドの村を出てから、もう一ヶ月になる。あの話をしないと……)
「……エミル。聞いてほしいことがあるんだ」
「はい、なんでしょう?」
「トリマンさんと約束したよね。必ずエミルを村に連れて帰るって。……本当は、もっと早く戻るつもりだったんだけど」
言いながら、サイラスは目を伏せた。
「このままリーンまで行ったら……村に戻れるのは、ずっと先になる」
「…………」
「だから、エミルはここから村に帰ったほうがいい。誰か里の人に送ってもらえるように頼むよ」
エミルの白い手が膝の上で、ぎゅっと握りしめられる。
「……嫌です」
エミルが、まっすぐにサイラスを見つめてきた。
「ラグーツの街に着いたら、父さまと母さまにお手紙を書きます。無事でいること、旅で見た綺麗なもの、ぜんぶ書きます。だから……その後も、わたしをサイラスくんの旅に連れていってください」
言い切ってから、エミルの白い頬が、みるみる赤く染まっていく。それでも、翠玉色の瞳はそらされなかった。
「でも……危ない旅になるよ。いままでだって、何度も怖い目に遭わせちゃったのに」
「はい。それでも、わたしは、サイラスくんのそばにいたいんです」
サイラスは、言葉に詰まった。
「魔王はどこにあらわれるかわかりません。そのとき、サイラスくんの近くにいたほうが安全じゃないですか? サイラスくんはわたしのことをいつでも守ってくれますから」
耳まで真っ赤にしたまま、エミルが潤んだ瞳を向けてくる。
「エミル……」
「それに、なぜだかわからないですけど、わたし、サイラスくんと離れちゃいけない気がするんです」
(これはわがままかもしれないけど、僕もエミルといっしょにいたい)
(弱気になるな。強くなるって決めたじゃないか)
サイラスは、ふっと息を吐いて、笑った。
「……わかった。いっしょに行こう。エミルのことは僕が必ず守るよ」
「はいっ」
エミルが隣に座ったサイラスの肩に、そっと頭を乗せてきた。
サイラスもゆっくりと、エミルの頭に自分の頭を傾けていった。
◆
すこし離れたところから、そんなふたりの姿を見ている者がいた。
高熱から回復して、やっとベッドから起き上がれるようになったカレラだ。叔父の黄金の像に花を供えてきた帰りだった。熱は引いたものの、足にはまだ、うまく力が入らない。
(いつかボクにも……あんなふうに好きな人ができたりするのかな?)
強い子を産んで、強い剣士に育てられれば、それでいい。ずっとそう思っていたはずなのに、肩を寄せ合うふたりから、なぜだか目が離せない。
(にゃはは……ボクらしくないや)
カレラは首を振って、背中の太刀の赤い柄に手を伸ばした。
(そういうのは、ぜんぶ終わってからでいい)
まぶたの裏に、金色に固まったシエラゴの顔が浮かぶ。
(叔父さん。ボクが絶対に、父さんを止めるからね)
カレラは柄をぐっと握ると、ふたりに背を向けて歩き出した。
「記憶喪失勇者」2-46を読んでいただき、本当にありがとうございます!!
さいらすと申します。
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※『勇者レギウス ~最弱勇者と最強従者~』という小説も書いています。
※本編の800年前のお話です。
※リンクはあとがきの下にあります!
挿絵をChatGPTに描いてもらいました!
※この小説は執筆に一部、AIを使用しています。
・自身で執筆した文章をAIに改変させているが、再度全て自分で編集・改稿
・自身で執筆した文章の誤字・脱字チェック




