2-45 特訓
翌朝早く。サイラスは剣聖の里の裏手の森で、木に寄りかかって座り、日が昇ったばかりの空を見つめていた。
深いため息がこぼれる。
これまでは、勇者のスキルが自動的に発動して、なんとか勝ってこられた。だが、その力はもうない。
(こんな状態で、僕は本当に魔王と戦えるのかな……)
昨日は、カレラとふたりがかりでも、ディアロに子供のようにあしらわれた。
(里のみんなが無事だったのが、せめてもの救いだ)
(カレラ、あれからぜんぜん目を覚まさないけど……大丈夫かな)
ディアロとの戦闘の後に倒れたカレラは、高熱にうなされたまま、小屋のベッドで眠りつづけている。サイラスは彼女の寝顔を見ていられなくて、小屋から出てきてしまったのだ。
(ディアロがキュリアン・マクナナスの仲間なのは間違いない。でも、奴らはいったいなんなんだ……? なにが目的なんだ?)
『もうひとり、俺には倒さねばならん相手がいる。おまえたちと遊んでいる暇はない』
(ディアロは自分を負かしたシエラゴさんを殺した。次に狙うのは……きっとシリウスさんだ。十歳のときにディアロを破った、ランク10の天才剣士)
シリウスはソフィアを送るためにリーンに向かった。シエラゴの死を息子のウルスに知らせる使いも、昨夜のうちに里を発っている。
サイラスもシリウスのことが気にかかり、すぐにでも里を出発したかった。だが、寝込んだままのカレラを置いていくわけにはいかない。そもそも、ディアロに完敗した自分が急いで駆けつけたところで、助けになれるのか。
(それに……エミルのことも)
ディアロと戦ったとき、エミルは、その場にいなかった。もし、あの刃がエミルに向いていたら、いまの自分に守りきれただろうか。
(この先の旅は、きっと、もっと危なくなる。エミルを連れていっていいのかな……)
(ラツィたちも、なにも言わずにいなくなってしまった。……やっぱり、僕のスキルが封印されたから、なのかな)
(考えたって仕方がないのに、同じことばかり考えてる……)
そのとき、栗色の髪を揺らして、エミルがやってきた。
「ここにいたんですね、サイラスくん」
「ああ、エミル……」
サイラスが顔を上げると、深い緑色の瞳がまっすぐにこちらを見つめていた。
「ひとりで考えごとですか?」
「うん……キュリアン・マクナナスのこととか、昨日のディアロのこととか……」
エミルがサイラスの隣に腰を下ろした。
「それに、こんなに弱くなっちゃって、魔王となんて戦えるのかなって」
「サイラスくん――」
エミルが、サイラスの頭にそっと手を伸ばす。
「膝枕してあげます」
(えっ、膝枕!?)
と驚いたものの、サイラスは逆らわず、ゆっくりとエミルの太ももに頭を乗せた。
まるでいままで何度もそうしたことがあるかのように、不思議と恥ずかしい気持ちにはならなかった。その柔らかさが心地いい。エミルの細い指が、サイラスの金色の髪を優しくなでる。
「……魔王となんて戦わなくてもいいじゃないですか」
サイラスの髪をなでる指が、止まった。
「どこか遠くに逃げたっていい。無理しないでください。死なないでください。……死んでは、嫌です」
その言葉は優しく、けれど切実で、サイラスの胸に深く刺さった。
「ありがとう、エミル。でも、三種の神器に選ばれたんだ。もう、僕に逃げるなんて選択肢はないよ」
(勇者は死ななければ、“魔王を殺せる”スキルを次の勇者に譲ることができない。なら……)
エミルの言葉を聞いて、サイラスのなかでなにかがカチッとはまった気がした。
(そうだ。考えてたって仕方がない。僕は強くなるしかないんだ)
◇
その日から、サイラスは特訓を始めた。
相手は獣神流の高弟たち四人。人間離れした素早さと鋭い剣技で知られる剣聖の里の精鋭だ。その四人と、スキルなしで同時に打ち合う。
「師匠の弔いは、俺たちが泣くことじゃない。あの男を止めることだ」
四人のなかでいちばん年かさの高弟が、木刀の先をサイラスに向けた。
「だから手加減はしないぞ、勇者さま」
「うん。頼むよ」
(思い出せ。初めて魔族と戦ったときは、スキルなんて発動しなくても身体が勝手に動いたじゃないか)
しかし、初日は散々だった。
木刀が四方から降ってくる。ひとつをかわせば、別の一撃が脇腹を打つ。スキルさえあれば見えていたはずの太刀筋が、いまはまるで追えない。何度も転がされ、土にまみれ、地面を舐めた。
ディアロの分身に比べれば、高弟たちの剣はずっと遅い。それでも、いまのサイラスには、四人の剣をさばききれなかった。
「今日はここまでにしておけ。このままじゃ身体が持たないぞ」
特訓の後、ルナの神聖術で治療を受けながら、サイラスは息を整えた。
「ルナ、ありがとう。明日も頼むよ」
「無茶をするなとは言わん。だが、身体が壊れてしまっては元も子もないからな。……まあ、おまえがそう決めたなら、私は最後まで付き合うさ」
翌日も、激しい特訓は続いた。
地面に転がされる回数が半分に減った。高弟たちの足さばきを目で追い、真似てみる。かかとを浮かせ、つま先で地を蹴る――猫人族の速さを生かした動きが、不思議と身体になじんだ。
三日目の午後。
高弟の袈裟斬りに、サイラスの身体が考えるより先に沈む。最短の軌道で懐へ滑り込み、相手の手首を跳ね上げる。自分でも驚くほど、なめらかな動きだった。
(いまの……なんで、こんな動きが)
教わってなどいなかった。それなのに、遠い昔に何千回と同じ動作を繰り返してきたかのように、手も足も“こうすればいい”と勝手に動いた。
「なあ、サイラス。おまえ、本当に獣神流を習ったことがないのか?」
木刀を下ろした高弟のひとりが、汗だくの顔で聞いてきた。
「うん。カレラに素振りの基本を教わっただけだよ」
「嘘だろ……ありえないぞ、この上達は」
四日目の夕方。
三人の手から木刀を叩き落とし、最後に残った高弟の一撃を跳ね上げると、サイラスの木刀がその喉元でぴたりと止まった。
「……参った」
高弟は両手を上げ、それから、ほかの三人と顔を見合わせた。
「四人がかりでこれか。師匠が見てたら、なんて言ったかな……」
笑おうとしたその顔が、途中でくしゃりと歪んだ。




