2-42 剣聖の里へ
翌朝、まだ辺りが暗いうちに、サイラスたちは馬車に乗り込んだ。前の日に冒険者ギルドで手配しておいた商人の馬車だ。
剣聖の里までは、徒歩なら三日かかる。馬車とはいえど、極端に速いわけではない。道は整備されていないし、途中で馬を休ませる必要もあるからだ。それでも、金貨を握らせてできる限り急いでもらっていた。
ラグーツに一晩泊まってしまった後れを、なんとしても取り戻したかった。
「サイラス~、この太刀、ありがとね。すごく気に入ったよ~」
カレラが、手に持った太刀の赤い鞘をなでながら満面の笑みを浮かべる。
「どれがいいのかわからなかったけど、カレラが使ってたのを思い出しながら選んだんだ」
「うんうん、ちょうどいい長さだよ~。さすがはボクの愛弟子だね。ご褒美にハグしてあげようか?」
馬車の客室で、サイラスの正面に座ったカレラが両手を伸ばしてくる。
「だ、だめですっ! サイラスくんは、いまは身体を休めないといけないんですから!」
「にゃはは、冗談、冗談~」
(カレラ……。本当は、里のことが心配でたまらないはずなのに)
「それにしても、あのキュリアン・マクナナスという男、いったい何者なんだ?」
カレラの隣に座るルナが、みんなが避けていた話題を持ち出した。
「にゃはは、本当にパナメラさまを育てた伝説のクルセイダーなのかどうかはわからないけど、めちゃくちゃ強かったね~」
カレラは苦笑いしながら、三角の黒い猫耳をぽりぽりとかいた。
「でも、敵ではないと思う。……本当に敵だったら、僕たちを見逃すわけがない。あの実力なら、あの場で全員殺すことだって簡単だったのに……」
サイラスは背筋に冷たいものを感じながら、昨日のことを思い返していた。
『正直に言って、期待外れだな……おまえなら即戦力でガーディアンに迎えられると思っていたのだが……』
(ガーディアン……? 勇者とは違うのか?)
『敵は私よりも容赦がないのだぞ。強くならなければ、誰も生き残れない……おまえも、おまえの仲間たちも。そして、この世界そのものも』
(敵って、なんだ? 魔王のことじゃないのか……?)
『私のスキルで、強制的に強敵に遭遇するようにしておいた。ドラマチックに修行できるだろう』
(スキルを封印されたうえに、強敵を倒せって……そんなの、どうしろって言うんだよ)
封印のことは、ラグーツへ向かう道すがら、仲間たちには話してあった。
「敵じゃなかったにしても、まったく、こっぴどくやられたもんだ」
ルナが空色の瞳を細めて、物思いにふけるサイラスに話しかけた。
「砕けた骨やつぶれた内臓は神聖術で治したとはいえ、流れた血は一日じゃ戻らないし、ダメージだって残っている。本当なら、まだふたりとも動いていいような状態じゃない。こんな揺れる馬車だが、なるべく身体を休めておけ」
「ああ。そうだ、神聖術といえば……僕、神聖術が使えなくなったみたいだ」
「えっ!?」
サイラスの隣に座っていたエミルが、心配そうにサイラスの右手に自分の手を重ねた。
「どうやら、僕の使ってた神聖術は《超治癒術》っていう、勇者のスキルだったみたいで……」
「身体が勝手に治っていたのも、勇者のスキルだったみたいだな。あれほど強力な治癒術を、その身体なしで使っていたら、治すたびにサイラスのほうが倒れていたかもしれないぞ」
笑いながら話すルナに、エミルの顔が青くなった。
「そういえば、エミルの精霊術はどうなったのかな? フルリーヌさまからなにか授けてもらったんじゃなかったっけ?」
カレラがからかうような目でエミルを見る。
「そ、それが……その、はう。まだ全然、精霊の声は聞こえてこないんです。なんの役にも立てなくて、ごめんなさい……」
「いや、エミルは役立たずなんかじゃないよ。みんなのために料理も洗濯もやってくれてるじゃないか。いつも、本当にありがとう」
サイラスは、自分の手の上に乗せられたエミルの白い手を握り返した。
「そ、そんな……感謝されるようなことは、なにも……」
「もっと僕やカレラにも手伝わせてよ」
「こらこら、そこ。聞き捨てならないぞ。ボクはたまに洗濯とか食器洗いを手伝ってるよ! 本当になにもしなかったのは魔族のお姫さまだけだよ! って、あっ……」
もうひとつの避けていた話題を、カレラがうっかり持ち出して、慌てて口を押さえた。
馬車のなかに気まずい沈黙が流れた。
「……なぜ、ラツィたちは、いなくなってしまったんでしょうか……」
「ふんっ、どうせサイラスが勇者のスキルを封印されたのを知って、もう用がなくなったんだろうさ。あいつらには、サイラスに倒してほしい敵がいたんだろ? だから魔族なんて信用するなって言ったんだ」
ルナが握りしめた拳で座席を叩いた。そして、無意識にいつもセフィがぶら下がっていた右腕を、左手でなでた。
「で、でも、ラツィは昨日、本当にサイラスくんのことを心配していました。そんなことでいなくなったりしないと思います!」
「う~ん。ボクもなんか事情があるような気がするな~。それがなんなのかはまったくわからないけど。もう戻ってこないのかな~、魔族のお姫さまたち」
サイラスは仲間たちの会話を聞きながら、昨夜のラツィの言葉を思い出していた。
『……わたくしの心は、いつも主さまといっしょですから……忘れないでください。わたくしのことを』
(本当にどこに行っちゃったんだろ……ラツィたち)




