2-40 約束
「サイラスくん! サイラスくん!」
どこかで女の子の泣き声が聞こえる。自分の名前を呼んでいる。
「……主さま! 主さま! なんで目を覚まさないのですか! 死んではいないのでしょう? なにか他にできることはないのですか!?」
サイラスはひどく疲れていた。なぜだか、全身が痛い。目を開けようとするのだが、まぶたが重い。
(また、意識が……遠くなって……いく……)
◆
サイラスがエミリアに自分の秘密を打ち明けた日から、ふたりは毎日、城の中庭で会うようになっていた。
サイラスがこれまで誰にも話せなかった秘密をすべて打ち明けても、エミリアはただ優しくうなずいて、膝枕をしてくれた。そして、なにも気にした風もなく、サイラスの髪をなでながら、自分の日常の話をした。
サイラスはそうやって、彼女のとりとめない話を聞くのが好きだった。ささくれだった心が癒やされていくようだった。
エミリアもまた、自分の境遇を打ち明けると、サイラスが魔王を倒した後に、城から連れ出してもらう約束をした。父親や侍女たちの目を盗んで、ほんの短い時間、この無愛想な少年と話すのが、彼女のかけがえのない時間になっていた。
サイラスが魔王と戦わなければならないことは心配だったが、楽しいこと――ふたりで外の世界を旅すること――を想像して、なるべく考えないようにした。
ふたりが中庭で会うようになって、一週間が過ぎた。
エミリアの誕生日パーティーを数日後に控えたある日、城の近くに魔族があらわれ、サイラスの仲間のひとりニーナがさらわれた。魔界につながる奈落に連れ去られたのだ。
十中八九、罠だろう。わざわざ勇者をおびき出すのだ。魔王とその軍勢が万全の態勢で待ち構えている可能性が高かった。
だが、ニーナを見捨てるわけにはいかない。
「勇者くん……出発の前にすこしだけ、ふたりだけで話をさせて……」
救出に向かうサイラスの手を握って、エミリアはいつになく真剣な顔で言った。
「勇者くんに与えられた使命とこれまで繰り返してきた戦いの日々は、わたしなんかには想像することもできないくらい長くて、つらくて、苦しいものだったってことだけは、わたしにもわかるの。そんなに長い間、ずっと抱えつづけてきた重荷を簡単に忘れたり、投げ出したりなんてできないよね……だから、わたしもいっしょに背負います。勇者くんが抱えているものすべてを……」
エミリアの白くて細い腕が、サイラスを優しく抱きしめた。
「これから、わたしは勇者くんとともに生きます。勇者くんが守れなかった人たちが勇者くんを許さなくても、勇者くんが自分のことを許せなくても、わたしが代わりに許します。いつか勇者くんが自分のことを許せるようになるまで、ずっとそばにいます」
エミリアは一度、言葉を切った。
「もう一度、生まれ変わったとしても、ずっとわたしは勇者くんのそばに……だから、無事に帰ってきて。勇者くん、大好きよ」
翠玉色の大きな瞳に涙をためて、いまにも泣きだしそうな笑顔をサイラスに向ける。
サイラスは黙ったまま、うなずくと、無理やり不器用な笑顔を作って、エミリアのおでこに口づけをした。ゆっくりと唇を離して、穏やかな表情でエミリアを見つめる。
「大丈夫。もう俺は誰にも負けない」
「勇者くんなら魔王に勝てるって、わたし信じてる。でも……ここから応援してるから。どんなに離れてても、わたしの心は勇者くんといつもいっしょだから」
エミリアは涙を流しながら、悪戯っ子のような笑みを浮かべた。
「勇者くん……勇者くんは嫌だって言ったけど、誕生日にはわたしと踊ってね」
辺りはすでに暗くなっていた。ベガリス城の中庭から見上げる空には、大きな満月が浮かんでいた。
◆
「うわぁああああっ!」
叫び声を上げて、サイラスは目を覚ました。
頭痛でめまいがする。濡れた地面に座り込んでいたためか、服が冷たく肌に張りつく。雨はいつの間にかやんでいた。
「サイラスくん! よかった……!」
「……主さま!」
エミルとラツィが泣き顔で抱きついてきた。
「ふたりとも、ごめん、心配かけて……あいつは? キュリアン・マクナナスは?」
「我たちがここに駆けつけたときには、もう賊はいなくなっていたでありますよ」
目の前にマルバンが立っている。辺りを見まわすと、すぐ近くにカレラとルナが倒れていた。
「サイラスくん……ルナが……」
「ルナ? どうかしたの?」
エミルが泣きじゃくりながら、ルナを指差す。
(そうだ。ルナはキュリアンから僕をかばって……)




