1-11 特別な用事
広場を離れて村のはずれまで来ると、エミルが遠くの森を指差した。
「えっと。あそこに見えるのが土の森で、そのずっと奥には精霊族(エルフ族)が住んでいるんだそうです」
「エルフって、あの耳の長いエルフ!?」
思わず“ファンタジー小説”のイメージが頭に浮かぶ。
「エルフ族はめったに人里には姿をあらわさないといわれているんです。わたしは見たことないんですが、エルフ族の女性はすっごく綺麗らしいですよ」
エミルはそこでちらりとサイラスの顔をうかがった。
「勇者さまも会ってみたいですか?」
エミルが悪戯っぽくサイラスのことを見つめてくる。
(あれ、もしかしてエルフが美人だから、会いたがってると思われた!?)
サイラスは、耳まで赤くなった。
「べ、別にそういう意味じゃ……」
「ふふっ」
エミルが小さく笑った。出会ってから初めて見る、屈託のない笑顔だった。
(あっ。いまの笑い方、すっごく可愛い)
「土の森のエルフ族は、土の精霊術が得意で、ベガリア王国とも交流があったそうなんです。だから、この辺りの村では土の精霊術を使える人が多くて、特産品の食器も精霊術で作られているんです」
「ああ、あの石の食器か。そういえば昨日、トリマンさんに聞きそびれたんだった。精霊術ってなんなの?」
「はい。精霊術というのは、精霊神ルミナさまと精霊たちの力を借りる奇跡のことなんです。火、水、風、土の四つの系統があるんですが、土の精霊術は、いろいろなものを土から作り出せるんですよ」
「エミルも精霊術が使えるの?」
サイラスは、なにげない質問をエミルにぶつけたつもりだった。もし、使えるなら使うところを見てみたいし、自分にも教えてほしい。
エミルは立ち止まると、すこし恥ずかしそうに白い頬を赤く染めて、目をそらした。
「はう……わ、わたしには、なんの才能もないんです。“スキル”も持っていませんし。ちょっとお料理ができるだけで……精霊術には、その……精霊の声を聞く才能が必要なんだそうです……」
「精霊の声、か。それじゃあ、誰にでも簡単に使えるようなものではないんだね。でも、エミルの料理の腕前はすごいと思うけどなぁ。あれも才能でしょ」
「そんな……」
エミルはうつむいたが、その口元はすこしだけほころんでいた。
「ところで、スキルってなに?」
エミルはきょとんとして、サイラスを見つめ返した。なぜ、そんなことを聞くのだろうという顔だ。
「ごめん、エミル。僕は記憶をなくしてしまって、常識がわからないんだ。だから、なんでも教えてもらえると助かるんだけど」
「ご、ごめんなさい……」
(あわわ、逆に謝らせちゃった)
「いや、いいんだ。エミルが謝ることじゃないよ。それで、スキルについてだけど」
「はい。スキルというのは“神のギフト”とも呼ばれる、創造神ソラさまから人に与えられた不思議な力のことなんです。戦闘に使うものだったり、生活に便利なものだったり、いろいろなものがあるんです。でも、わたしたちのような普通の村人は、持っていない人のほうが多くて……ひとつ持っているだけでも、貴族さまにお仕えできたり、周りから尊敬されたりします」
「へえ、ひとつ持ってるだけでそんなに? じゃあ、スキル持ちはけっこうなエリートってことだね」
「はい。冒険者さまのなかでも、スキルを持っている方はとても少ないんだそうです」
(僕にも、なにかあったりしないかな?)
「それにしても精霊術って、魔術みたいだね」
エミルはすこし驚いたような顔をして、サイラスの耳に顔を近づけた。
「精霊術と魔術をいっしょにしてはダメですよ。魔術は魔族だけが使うものなんです。怒られてしまいます」
(近い近い近い。花の匂いがする……)
驚いた顔はわざとだった。
すぐにくすくすと笑いだしたエミルが、知りたがりの子供に教えるように優しく言葉を続ける。
「魔術は、邪神の力を借りて、魔族がおこなう恐ろしい呪いのことなんです」
人間が使うものと魔族が使うものという違いはあったが、精霊術も魔術もこの世界に広く存在している“魔素”を使って、大いなる存在から力を借り、人ならざる奇跡を起こすもののようだった。
(魔術はともかくとしても、精霊術も、僕が使うにはどうも“ハードル”が高そうな気がするなぁ)
神とか魔族とかマナとか。まだまだ聞きたいことがあったのだが、急にエミルが真剣な表情で見つめてきたので、サイラスは言葉に詰まった。
「エミル?」
「……勇者さまが、本当に勇者さまなら……この村のことも……わたしのことも……」
エミルの声は消え入りそうなほど小さかったので、サイラスには聞きとれなかった。
「いま、なんて?」
サイラスの問いは、エミルの耳に届いていなかった。
それまでのにこやかな表情が消え去っている。怯えたようにぎゅっと下唇を噛みしめ、青ざめた顔で、サイラスの後ろのほうをじっと見つめていた。
サイラスが振り返ると、すこし離れたところからふたりの村人が、エミルに向かって手招きをしているのが見えた。
今朝、村長の家にやってきた男たちだ。
「わたしは、あの人たちと大切な用事があるんです。ですので、勇者さまは先に家に戻っていてください」
エミルは心細げな、泣きだしてしまいそうな笑顔をサイラスに向けた。
サイラスは心配になったが、エミルはもう村人たちに向かって駆け出していた。
「エミル!」
サイラスは美しい栗色の髪が揺れる背中に叫んだが、エミルは振り返らなかった。




