2-38 キュリアン・マクナナス
ラグーツの街に向かって、川沿いの街道を北へ。すでに一日歩き、いまは二日目の午後だった。
「雨なんて、本当に久しぶりだよ~」
「うん。でも、ラグーツはもうすぐだから。今夜は宿に泊まれそうだね」
(あの温泉宿、また行きたいなあ。今度はひとりでのんびりお湯に浸かりたい)
先日決めた順番にしたがって、午後はカレラがサイラスの隣を歩く番だった。白い道着の上にサイラスのお古のマントを羽織り、フードを深くかぶっている。
「サイラスにマントをもらっておいて、よかったよ~。まさに明鏡止水、因果応報だねっ!」
(意味がわかんないけど、さっそく役に立ったようでよかった)
朝から曇っていた空は、午後になってとうとう雨を降らせはじめた。ぽつりぽつりと肌に触れる冷たい雫を感じながら、自然と一行の足取りは速くなる。
エミルと自分には旅用の外套がある。ルナは雨に濡れても平気だし――サイラスはふと、後ろを歩く魔族たちを振り返った。
セフィはいつものようにルナの腕にぶら下がって、メイド服が雨に濡れるのを楽しんでいるように見える。その後ろを歩く執事姿のマルバンと、その肩に乗ったフクロウのパールは、特に雨を気にしていない。
「ルナ、ルナ、雨って冷たくて気持ちいいね~」
「ぶら下がるのはかまわんが、せめてフードをかぶれ。風邪をひくぞ」
(魔族って、寒さを感じないのかな)
「エミルは大丈夫?」
サイラスはルナの隣を歩くエミルに声をかけた。外套のフードの下から、エミルが顔を覗かせる。
「大丈夫です。でも雨は苦手です。雨の日に外を出歩くことがあんまりなかったので……」
「ラグーツについたらテントを買ったほうがいいかもしれないね。こういう日に野宿だったら、きつかったと思う」
「たしかに。料理も焚き火がないとできませんから。なにか雨をよけるものがあるといいかもしれません」
「サイラスっ! 前を見てっ!」
カレラが警戒の声を上げた。
雨が強くなってきて、視界が悪い。百メートルくらい先に、人影がふたつ見える。前に立つ人物は、両手にそれぞれ長い剣を持っていた。
「クルセイダーかな?」
「たぶん。でも、三人じゃないのが変だね」
「まずいな……セフィたちが魔族だって、気がつくかな」
「わからない。でも、バレたら襲いかかってくるだろうし、逃げたら街の衛兵に通報されるかも……」
「それは困りましたね……」
サイラスたちが立ち止まって思案していると、後ろからマルバンがのんびりとした声で話しかけた。
「大丈夫でありますよ、ご主人さま。我たちはこちらに来てから、まったく魔族だと気づかれていないのであります。むか~し、一度だけバレたことがありますが、あれはきっと、たまたまだったのでありましょう」
「そうだよ、そうだよ~。ぜんぜん、だいじょうぶだよ~、ご主人さま」
ルナにぶら下がったセフィもマルバンに同調する。
(ラグーツの街でも大丈夫だったし、さすがにパッと見ただけじゃわからないか)
「うん。ここで引き返すのも逆に怪しいし、なんとかやり過ごそう」
四百年前にラツィたちが魔族だと見破ったのはクルセイダーだった。それを助けたのが当のサイラスなのだが、記憶喪失の彼がそのことを覚えているはずもなかった。
相手をうかがいながら慎重に道を進むが、人影は動かない。近づくにつれて、その姿がはっきりと見えてきた。
前に立つのは細身で長身の若い男。銀色の長髪を後ろで束ねている。黒く染めた金属の胸当てに、両手には剣。その剣が独特で目を惹いた――両手剣ほどの長さがある、禍々しい赤い剣と黒い剣。
「ちょっと待って、あれ…………と、父さん!?」
カレラが指差したのは、銀髪の男の後ろに立つ猫人族の男だった。黒い“着物”のような出で立ちで、黒髪。どことなく剣聖シエラゴに似ている。腰に金色の太刀を、鞘もなく無造作に差している。
「父さんって……カレラの、行方不明のお父さん?」
「うん。ボク、行ってくる!」
「カレラ!? 待っ――」
止める間もなく、カレラは男たちに向かって駆け出した。
刹那――。
ギィィンン!!
二刀流の男が、走ってきたカレラに問答無用で斬りつけた。とっさに太刀で受けたカレラの身体が、後方に弾き飛ばされる。
「カレラ!」
「……マルバンは、飯炊き女とそこにいなさい!」
ルナの腕にぶら下がっていた少女の髪が、水色から燃えるような赤へと変わった。
サイラスが走り出した。盾を構え、右手で剣を抜く。その後ろをラツィとルナが追う。
「大丈夫か、カレラ!」
サイラスが駆け寄ると、カレラはひざまずいて肩で息をしていた。ラツィとルナもすぐに追いつく。
「サイラス、気をつけて……あいつ、強いよ……」
目の前に立つ銀髪の男は、二本の剣をだらりと下げたまま、ニコニコとこちらを見ていた。
「やっと会えたな、勇者サイラス」
男が口を開いた。
「私はガーディアン ナンバーⅣ。キュリアン・マクナナス。おまえをずっと探していたのだぞ」
(ガーディアン? なんだ、それ?)
「なんで僕のことを? それに、キュリアン・マクナナス……? どこかで聞いたような……」
「剣聖パナメラを育てた伝説のクルセイダーだよ……」
立ち上がりながら、カレラが答えた。
「でも、本物ならこんなに若いはずがない。生きてるはずもないし。そう名乗ってるだけだと思う……」
(伝説のクルセイダー……?)
「……この気配は……まさか、そんな……」
ラツィが小さくつぶやいた。男の持つ赤い剣と黒い剣を見つめて、ただでさえ白い顔がさらに青ざめていく。
(ラツィ? どうしたんだ?)
「ともかくだ」
キュリアンが言った。
「せっかくここで会えたのだから、試験をしよう、サイラス。私の後ろにいるのは私の弟子、元剣聖のディアロだ」
カレラの顔がこわばる。
「これから彼は剣聖の里に向かい、里の者を皆殺しにする。大人も子供も残らず全員だ」
「なっ……!」
「それを止めたかったら、ここで私を倒すんだ。みんなでかかってきてかまわない。さあ――試験スタートだ!」




