2-36 王家の色
後ろから姉とマルバンの叫ぶ声が聞こえたが、なにを言っているのかわからなかった。目の前には二本の長い太刀を持った人族の男が、私に斬りつけようと飛びかかってきている。
油断していた。動けなかった。敵は思っていたよりも熟練の戦士だった。刃を避けることはできないのに、相手の動きが、やけにゆっくりと見えた。斬られる、そう思った瞬間――。
「マキナ、《神の盾》を発動」
すこし離れた場所から、そんな声が聞こえた気がした。
ギィィンン!! という大きな音が目の前で響き、私に斬りつけた男が見えない障壁に二本の太刀を思いきりぶつけて、弾かれたように後方に飛ぶ。銀色の胸当てをつけた戦士の巨体が、下半身を氷漬けにされて動けない手下たちの上に勢いよく突っ込んだ。
「ぐわっ!」「ぐぎゃっ!」
私は声のしたほう、男たちのさらに後ろに目を向けた。私の視線につられたのか、地面に倒れた男たちも後ろを振り返る。
そこには、晴れわたった空のような青い胸当てをつけ、同じように太陽の光を反射する大きな黄色い盾を持った金髪の少年が、右手をこちらに向けて立っていた。
「なんだ、人間が魔族に襲われてるのかと思って急いできたのに、そうじゃないのか?」
金髪の少年は小首をかしげながら、こちらに歩いてくる。探るように私を見つめる瞳が赤かった。
(“王家の色”!?)
私は魔界で事前に調べて知っていた。この国の王族の瞳が赤いことを。そして、それは王家の色と呼ばれ、勇者の特徴であることも……人族の勇者は必ず、金髪で赤い瞳をしているらしいのだ。
(この少年が、姉さまの探している勇者……)
少年は青白い顔をしていた。華奢な体型で、私に襲いかかってきた男たちよりも背が低く、正直、弱そうに見えた。とても魔王を倒せるような力があるとは思えない。それに無表情だ。私と倒れている三人の男たちの間に立って、それぞれを興味なさそうに見比べている。
「で、おまえたちはなんなんだ? 魔王の手先か?」
「…………」
こちらを向いて勇者が私に問いかけてきた。私がうつむいていると、姉が私の前に進み出て代わりに答えてくれた。
「……わたくしは、魔王国アルージュの第四魔将ラツィです。わたくしの妹を助けてくれて、ありがとう、人族の勇者よ。わたくしたちは魔族ですが、魔王の手先ではありません」
姉はスカートの端をつまんで、目の前の金髪の少年に優雅にお辞儀をした。
「マキナ、《女王の瞳》を発動」
少年は独り言をつぶやいた。なにかスキルを使ったようだったが、特に身体に変化や違和感はなかった。
「嘘はついてないようだな。まあ、魔王の手先だったら、人を殺すことをためらったりしないか……おまえ、相当、強いだろ?」
「……くくくっ、さすがは人族の勇者。きちんと相手の力量をはかることができるのですね。わたくしは、魔王国アルージュの魔王アノンの第一王女にして第四魔将。それなりの力は持っているつもりです」
「四百年前に勇者レギウスに倒された魔王アノンの娘だと。それがこんなところでいったいなにをしてるんだ?」
「……貴方を探していたのです。人族の勇者よ」
姉は勇者に近づき、その右手を両手で握った。妖艶な笑みを浮かべて、下から金髪の少年を見上げる。妹の自分ですらドキドキしてしまうくらい姉は美しい。これなら、人族の勇者など、イチコロだろう。案外、しもべにするのも難しくないかもしれない。
(さすがです、姉さま)
私は固唾をのんでことの成り行きを見守っていたが、勇者は興味なさそうに姉の手を振り払って言った。
「で、俺を探して、どうしようっていうんだ? なにをたくらんでいる?」
「……な、なにもたくらんでなどいません。ただ、貴方が魔王を倒した後にお願いしたいことがあるのです」
姉が慌てているのがわかった。姉の色仕掛けがまったく通用しないとは、人族の勇者恐るべしと言うべきか……それとも、魔族のことが心底嫌いなのだろうか?
私はどうやったらこの少年に言うことを聞かせられるのか、しもべにすることができるのか、頭をフル回転させて考えていた。姉もまったく同じことを考えているのが伝わってきた。せっかく勇者を見つけたというのに、ここで逃がすわけにはいかない……。
「も、申し訳ないであります。勇者さまぁ!」
執事のマルバンが後ろから素早く姉の前に移動し、両手を地面について、少年に優雅に土下座した。
「本当になにもたくらんでなどいないのであります。ただ、貴方さまにお願いがあって、わざわざ魔界の魔王国アルージュから、人界に赴く危険をおかしてまで、はるばるやってきたのであります。どうか、話を聞いてほしいのであります」
そのとき――ふたたび、ギィィンン!! という音が、さっきよりも大きく鳴り響いた。




