2-35 クルセイダー
ガリウス王国歴千六百二十五年。現在の四百年前――。
私はセフィ、第四魔王国アルージュの第二王女だ。
双子の姉は第一王女で第四魔将のラツィ。姉と私は“魔王国アルージュの至宝”《魔王アノンのふたつの宝石》と呼ばれている。
いまから四百年ほど前、私の父、魔王アノンは単身で人界に乗り込み、人族の勇者レギウスとの死闘の末に敗れた。魔王のいなくなった魔王国アルージュでは、地方を治めていた魔将たちが反乱を起こし、壮絶な領地の奪い合いが始まった……。
泥沼の戦いは四百年も続き、現在は姉のラツィが率いる魔王派の魔将たちと、第一魔将ベタクロフが率いる勢力とに魔王国は二分され、拮抗している。
そして、戦いに長けた姉はこの膠着状態を打破する、ひとつの妙案を思いついた。
私たち魔族の天敵は、人族の勇者だ。……そう、姉は自ら人界に赴き、人族の勇者をしもべにして魔界に連れ帰り、第一魔将ベタクロフにぶつけると言い出したのだ。魔王を倒せるだけの実力を持った勇者ならば、第一魔将なぞ敵ではないということだ。
しかし、その方法が問題だった。勇者に戦いを挑んで打ち勝ち、言うことを聞かせられるだけの者が魔王不在のアルージュにいるはずもなかった。ならば別の方法で勇者をしもべにしなければならない。
そこで、姉と私の出番だ。魔王派の総大将である姉自らが魔界を離れ、わざわざ危険な人界に赴く必要があるのか? と部下の魔将たちは口々に反対を唱えた。だが、力ずくが無理ならば、私たちの魅力で勇者を従わせるしかない。
自慢ではないが、私たちは《魔王アノンのふたつの宝石》。魔界一、美しいといわれているのだ。私たちにかかれば、人族の男ひとりを虜にするぐらいわけもないことだ……というのが、姉の主張だった。
正直に言うと、私はこの作戦の成功率を、あまり高く見積もってはいなかった。
姉は確かに美しい。魔界一という評判も、妹の欲目を抜きにして、事実だと思う。だが姉は、色仕掛けをするはずのその相手に、二言目には「わたくしは魔王アノンの娘」と名乗ってしまいかねないお方なのだ。虜にするより先に、正体がばれて戦いになる未来のほうが、ずっとはっきり想像できた。
それでも、私は反対しなかった。
父を失ってから今日まで、アルージュのために戦いつづけてきた姉が決めたことだ。妹の私がするべきことは、口を挟むことではなく、隣に立って氷の盾になることだけだ。
こうして、姉と私は父の執事だったマルバンだけを連れ、秘密裏に人界に潜入した。
勇者の居場所だって、ちゃんと予想はついている。いま、人界は第一魔王国ギドレの魔王ギリヨンに攻められている。勇者は必ず、魔王を倒しに向かうはずだ。ならば、私たちはそれを追いかければいいだけだ。
姉の読みはみごとに当たった。あの日、あの場所で私たちは人族の勇者と出会った――。
◆
ガリウス王国とベガリア王国の国境付近。近くに川の流れる街道。
「うほっ、おれたちは最高に運がいいぜ。こんなところで、こんな上物にありつくなんてな。これもすべて創造神さまの思し召しだなっ!」
黒ずんだ鎖帷子を着込んだ赤毛で小柄な男が吠えた。
「ああ、創造神さまは、いつでもオレたちのことを見ていてくださるんだ。ベガリア王国まで行けば、魔族が狩り放題だって言われたが、幸先がいいぜっ!」
赤毛と同じ装備をした、ボサボサの金髪の大男が、自分たちの獲物を見つめながら満面の笑みで答える。
「なあ。あの魔族ども、やけに堂々としてやがる。ひょっとして、魔将さまってやつじゃねえか?」
「へへっ、魔将さまなら魔晶石もでっけえぞ。魔獣を狩ったって、爪の先ほどの石にしかならねえのによ」
「兄貴なんて、もう二十年も集めてるんだもんな。あの三人ぶんの石があったら、デュランダルで新しい太刀が打てるんじゃねえか?」
「けけっ、そうなりゃ、この辛気くせえ巡礼ともおさらばだ」
赤毛と金髪が、下卑た笑いを交わし合う。
「おまえたち、女ふたりは抵抗できないように両腕を切り落とせ。後で便所の代わりに使ってから首をはねて殺す。まずは先に男のほうを片付けるぞ」
「へい、兄貴っ!」
「了解っ!」
ひとりだけ鎖帷子の上に銀色の胸当てをつけた大柄な茶髪の男が、ふたりに指示を出す。三人とも異様に長い太刀を両手に一本ずつ握っていた。それを顔の前で十字に構えている。
「……いま、殺すとか聞こえたような気がしますが、気のせいでしょうか」
「はい、姫さま。我らの実力が推し量れていないようでありますので、彼らを殺さないように手加減するのは、なかなかに難しいでありますな」
「…………」
燃えるように赤い髪を長いツインテールにした美少女が、執事のような格好をした長身の青年に声をかけた。少女の傍らには、瓜ふたつの顔をした凍えるような水色の髪の美少女がたたずんでいる。
両手に抜き身の太刀を持った完全武装の三人の戦士が、こちらに向かって走ってきているというのに、少女たちに慌てたようすはまったくなかった。
「……確かに。どのくらいの強さまでなら叩いても死なないのでしょうか。ここで人族を殺してしまうと、勇者をしもべにするのが難しくなるような気がします……どうしましょう。とりあえず、セフィ。あいつらの下半身を氷漬けにしてあげなさい。それくらいなら死なないでしょう」
「…………」
セフィと呼ばれた水色の髪の美少女が前に出て、無言で右手を伸ばし、三人の男たちのほうへと向ける。パキパキという音とともに、男たちの足元に突然、氷が出現した。
「うおっ、なんだこれ!?」
「魔術なんか使いやがって、このくそアマが。凍えて、立たなくなったらどうしてくれるんだっ!」
黒ずんだ鎖帷子のふたりは、氷に下半身を囚われて動けなくなり、少女に悪態をついた。
だが、茶髪の男は、何事もなかったように動きを止めない。セフィのスキルに抵抗したのだ。
ふたりの後ろから跳躍した男の二本の刃が、不用意に前に出たセフィに迫った。
「うおぉぉぉぉ、魔族ども! おとなしく俺様の太刀の材料になりやがれ!」
「!?」
初めて、セフィの金色の瞳が、わずかに見開かれた。
男は顔の前で交差していた太刀を左右に広げると、そのまま上段に振りかぶり、鋭い勢いでセフィの両肩に斬りつけた。
まさかスキルに抵抗されるとは思わず、油断していたセフィはとっさの反応が遅れ、男の斬撃を避けられなかった――。




