2-31 もう一曲
なにやら若いエルフ族が呼びに来て、フルリーヌとセドルが席を立った。
踊るサイラスとエミルをにらみつづけているラツィのもとへ、今度はカレラがにやにやしながらやってきた。
「恋する乙女は大変だね~」
「……恋とはなんですか」
「にゃはは、魔族のお姫さまは恋も知らないのか~。もう、しょうがないなあ。じゃあ、きっと愛も知らないでしょ」
カレラは、やれやれといった顔でラツィの隣に腰かけた。
「あのね、その人のことを思い浮かべるだけで、胸の奥が温かくなったり、切なくて苦しくなったり、ドキドキしたりするのが恋っていうんだよ。きっと、お姫さまはサイラスに恋してるんだ」
「……この気持ちが、恋……? では、愛とはなんなのですか」
燃えるように赤い髪をした魔族の美少女が、真剣な顔で身を乗り出し、カレラを問い詰める。
「愛はね、その人とひとつになりたいとか、ずっといっしょにいたいとか、矛盾するけど、その人のためなら死んでもいいって思えちゃうのが愛。その人のことが世界で一番大切って思える気持ちなんだ」
「……それなら、わたくしはセフィとずっといっしょにいたいですし、ひとつになれて嬉しいですし、セフィを守るためなら死んでもいいと思っています」
ラツィは眉をひそめ、カレラの話がまったく理解できないという顔になった。
「うん、確かに親とか姉妹に対する愛もあるよ。でも、いまは男と女の話。お姫さまは、サイラスのことを考えると苦しくなるんでしょ? 恋でも愛でも、一方通行だと苦しいんだよ。だから、みんな自分の愛する人に愛されたいって思うし、相手にも自分と同じ気持ちになってほしいって思うんだ。でも、それがなかなか難しいのさ」
「……難しいのですか」
珍しく真面目な顔をしたカレラに、ラツィも熱心に耳を傾ける。
「だって、人の気持ちは簡単には変えられないし、その人には、他に好きな人がいるかもしれないじゃないか。人から奪ってまで、自分だけ幸せになりたいとはボクは思わない」
「……わたくしとセフィは、マルバンに教えてもらって、その……色仕掛けを……なるべく主さまにくっつくようにして、主さまをメロメロに……」
「にゃは、そんなことで人は人を好きにならないよ」
「えええっ、ならないのですか!」
ラツィは金色の目を見開いて、カレラの肩をつかんだ。
「まあ、多少はね。まったく効果がないとは言わないけど。でも、ぶっちゃけ愛はなくても子供だけは作れるからね。ボクはそれでもいいと思ってるんだ。本当は愛し合ったふたりが子供を作るのが一番いいんだろうけど。ほら、やり方はこないだ教えたでしょ?」
「……なななな」
ラツィはカレラの肩から手を離し、口をぱくぱくさせた。
「愛した人が自分を愛してくれなかったとしても、その人の子供を育てられたら幸せかなって」
「……お、おまえは主さまを愛しているのですか!?」
「いやいや、これは愛とかじゃなくて、ボクがサイラスの子供をほしがるのは、単純に強い子を生んで育てたいだけだから」
にゃははと、カレラは困ったように笑った。
「まあ、お姫さまには強力なライバルがいるとだけ言っておこうか。どちらかというとボクはそっちの味方だしね」
「……だ、誰ですか? まさか四百年前に死んだベガリアの姫ですか?」
「お姫さまって、ほんとーに鈍いんだね」
カレラはあきれた顔をして、自分の黒い猫耳をかいた。
「でも、本当にサイラスのことが好きなら、ちゃんと言葉で気持ちを伝えないと伝わらないと思うな。サイラスもそっち方面はかなり鈍そうだからね」
「……言葉で、気持ちを……わたくしは、主さまのことが好き……?」
ラツィは白い顔を真っ赤にして、小さくカレラの言葉を繰り返した。
◆
サイラスとエミルは、エルフ族の演奏する明るい音楽に合わせようと、ぎこちなく広場で踊りつづけていた。
エミルはサイラスを元気づけたくて、勇気を出してダンスに誘ったのだが、サイラスはまだ浮かない顔をしている。
「サイラスくん、あの……大丈夫ですか?」
「ああ、うん。大丈夫だよ……ただ、フルリーヌさんの話を聞いて、すこしでも昔のことが思い出せるかと思ったんだけど、全然ダメだった」
四百年前に自分が消えた後、残された仲間や家族が悲しい思いをしたことを、サイラスは初めて知った。考えればわかることなのに、想像もしていなかった。
(母さんの名前はアレクサンドラっていうのか。どんな人だったんだろう。なんで僕は、なんにも思い出せないんだ……)
「サイラスくんは、記憶を取り戻したいんですか?」
踊る足を止めて、エミルが自分を見つめてくる。その訴えかけるような表情に、心ここにあらずだったサイラスは我に返った。
「でも、記憶が戻らなかったとしても、サイラスくんはサイラスくんです。いまのままでも、いいんじゃないですか?」
サイラスの手を握るエミルの指に、力がこもる。エミルの翠玉色の瞳は、涙で潤んでいた。
(なにも思い出せなくて、昔の仲間や家族に申し訳ないとは思う。でも……)
「わたしは、あんまりサイラスくんに昔のことを思い出してほしくないのかもしれません……変わってほしくなくて、いまのままでいてほしくて。ごめんなさい……これは、わたしのわがままですね」
(エミルにそんな顔させちゃダメだよな)
「ありがとう、エミル。でも、もし記憶が戻ったとしても、僕はなにも変わらないよ。それに、戻らなかったとしても、もう困ることもないしね。僕にはエミルや他の仲間たちだっているし……」
(そうだ。四百年も前のことよりも、いまのほうがずっと大事じゃないか。こんなことで落ち込んで、エミルに心配をかけてる場合じゃないよな)
ちょうどそのとき、明るくて軽快だった音楽が、雰囲気のいいゆったりとした曲に変わった。周りで踊っていたエルフ族のカップルたちは、それまでよりも身体を密着させる踊り方になった。
エルフ族の男女はみんな笑顔で、楽しそうに見える。常に魔獣の脅威にさらされているからこそ、無事に戻ってこられた夜は、こうやって楽しむのだろう。
(三種の神器はそろった。もう魔王だって復活してる。僕たちにも、いつなにが起こるかはわからない)
「エミル。もう一曲、僕と踊ってもらえませんか?」
サイラスが微笑みかけると、エミルも春の花のような笑顔を返した。
「はい、よろこんで」
ふたりから、先ほどまでのぎこちなさが消えていた。もう一度手を取り合い、踊りはじめる――。
やがて宴はお開きになり、サイラスたちはそれぞれ、今夜休むための部屋に案内された。
今日は、やっとまともなベッドで眠ることができる。ラグーツの街を出発してからも、野宿をしなければならないことが多かったのだ。
サイラスと仲間たちは、ベッドに入るとすぐに眠りについた。




