2-29 エルフの集落
「さすがはサイラスですね。あれだけの数の魔獣を、一度に倒してしまうなんて」
サイラスはゆっくりと目を開け、声のしたほうを見た。目の前の空間に、ぽっかりと扉が開いている。そのなかから、エルフ族の賢者フルリーヌが、にっこりとサイラスを見ていた。
「さあさあ、もう一度この扉に入って。今度は森の外で待っている、あなたたちの仲間も連れてきてください」
サイラスとカレラは、もう一度扉のなかに入った。そこは先ほど勇者の鎧を手に入れた部屋だった。フルリーヌに促されて、部屋にひとつしかない扉からふたたび外に出る。
「サイラスくん!」
目の前にはエミルが立っていた。突然あらわれたサイラスに気づくと、その胸に飛び込んでくる。
「森のほうが光って、すごい音がして、なにが起こったのかと思って、わたし……心配しました」
「エミル……」
(心配かけてごめんね)
抱きついたエミルの頭をなでながら顔を上げると、頬を膨らませてこちらをにらんでいるラツィと目が合った。
「ら、ラツィ?」
(えっ、なんで怒ってるの?)
◇
サイラスたちは全員でフルリーヌの部屋を通り抜け、同じ扉から外に出た。
すると、そこはエルフ族の集落だった――。
「これはなんとも、不思議な扉でありますね」
マルバンが目を白黒させて、自分が出てきたばかりの扉を振り返る。
「綺麗……」
エミルがつぶやいたとおり、そこには見たこともない光景が広がっていた。夜だというのに、小さな光の玉がそこかしこに漂って辺りを照らしている。サイラスがこれまでに訪れたどの村や街ともまったく違っていて、まるで“異世界”に紛れ込んだようだった。
(すごいな、ここ)
フルリーヌが、集落のなかを案内してくれた。
集落の中央には、人が手を広げたくらいの幅がある銀色の塔のようなものが四つ、上空に伸びていた。高すぎて一番上までは見えない。
精霊が天上の精霊界と行き来するための通り道なのだと、フルリーヌが教えてくれた。
「残念ながら肉体を持ったものは、女神さまのいらっしゃる精霊界には行けないのです」
塔のようなもの以外にも、表面がつるつるとした円筒形の高い建物がいくつもあった。エルフ族の住居だ。それらが森の外からまったく見えないのが不思議だったが、精霊たちの力によって守られているのだという。
「……ええい、おまえたちはいったいなんなのですか? わたくしの服を引っ張らないでください」
ここでもラツィは子供たちに大人気だった。エルフ族の子供たちが、ラツィの後ろをついてまわっている。
(ラツィって子供に好かれるよな。本人は嫌がってるけど)
最初、フルリーヌはラツィたちが魔族だと気づいて警戒したのだが、その光景に目を細めた。
「あなたは、四百年前にサイラスに助けられた魔族ですね」
「……覚えていたのですか。でも、そんなことよりもこの子たちをどうにかしなさい。服が破れてしまいます!」
「森にはめったに来客がありませんから、子供たちは嬉しいのですよ」
「……うぅぅぅ」
エルフ族の大人たちはすこし離れたところから、サイラスたちを物珍しそうに見ていたが、敵意は感じなかった。サイラスが森を守ったからかもしれない。
「今夜はあれだけの魔獣を倒して、ひとりの怪我人も出ませんでしたから、ちょっとした宴を開こうと思います。長旅で疲れているでしょうけれど、あなたたちも参加してくださいね。特にサイラス。あなたは今夜の立役者なのですから。集落のみなも感謝しているのですよ」
エルフ族の賢者が若葉色を帯びた金髪を輝かせて、サイラスに微笑んだ。
◇
サイラスたちが用意された席に腰かけると、木の実などの軽食と果物から作られたジュースが振る舞われた。
「にゃは、せっかくの宴なのに、エルフ族はお酒を飲まないのかな?」
「外の世界ではお酒がよく飲まれているのは知っていますが、エル・フの集落では作っていませんし、飲みませんね」
木のコップの赤いジュースを味見しながら尋ねたカレラに、フルリーヌが答えた。
エミルも恐る恐る、エルフ族の飲み物を口にしてみる。
「はう、このジュース、爽やかな甘さでとても美味しいです。初めて飲む味です」
「フェリチタという果物の果汁ですよ」
サイラスは剣聖の里の宴を思い返した。
(広場で酔いつぶれて、あたりかまわず寝転がってた猫人族の大人たちとは、だいぶ違うな)
そこに、ひとりのエルフ族の青年がやってきて、サイラスの前に立った。
「私はセドル。この風の森の戦士長を務める精霊術士です。あなたが勇者サイラスですね。先ほどは魔獣との戦いに加勢していただき、ありがとうございました」
セドルと名乗ったエルフの青年は、フルリーヌと同じ緑色のローブを着ていた。髪の色も同じだ。背が高く、エルフ族にしてはがっしりとした体格をしている。
「それにしても、精霊を通じてフルリーヌさまから、勇者がスキルを使うと伺ってはいましたが、驚きましたよ。突然の轟音と凄まじい光で、気がついたら、まだ半数は残っていたはずの魔獣たちが消えていたのですから」
おかげさまで今日は残業をしないですみました、とセドルはにこやかに笑った。
「いつも、あんなにたくさんの魔獣が襲ってくるのですか?」
「いえ、今日はいつもより多かったですね。でも最近、魔獣の数も襲ってくる頻度も増えているような気がします」
(やっぱり、魔王が復活したことと関係があるのかな……)
「そうそう、サイラスは昔の話が聞きたいのでしたね。さて、なにから話しましょうか?」
顔を曇らせていたサイラスに、フルリーヌが笑いかけた。
(四百年前の僕のことを、やっと聞けるんだ)




