第九夜・地球のコルセット
コルセットの隙間から山と川が見えた。
何を言っているのか判らないと思うが、とにかくである
、とにかく必死でコルセットをぎゅうぎゅうと締め上げていると、不意にその隙間や背中に、川と山が見えたのである。
ところでこの作業、ただ締め上げるだけであるというのに、思いのほか重労働だ。突如として現れた謎めく自然風景に驚く暇も与えられない。
ひいひいと言いながらリボンをグイグイと引っ張る自身をよそに、締め上げられている最中の女性本人は「まだまだイケる。もっときつく締め上げて」とさらなるを要求する。
もはや砂時計の中央部のように細くなったその腰は恐ろしいほどであった。
ようやく彼女が満足すると、川と山はこの世の春を謳歌するかのように、その雄大な自然の運営を開始したのである。木々は揺れるし川は流れる。
こちらの困惑に気付いたのか、彼女は振り返ると「あら、見えてしまったかしら」とサラリと言ってのけたのだ。
振り返った彼女の首や腕のすべては自然の営みが収まっており、その見事な風景にただただ困惑する。
彼女はクスクスとおかしそうに笑うばかりであった。
「気になるのなら尋ねればいいのに」
そう言う彼女に、ならばと「その体の中に並ぶ自然はなんなのか」と問うと、彼女はこれは「私の体よ」とこともなげに答えるのだ。
そればかりか「私は地球なの」などと俄かに信じがたい告白をする。
地球がなぜ、地球踏み締める地球人の前にいるのかが判らない。大きな矛盾だ。
「つまり、私は地球で、地球は私なの」
そう言われても、やはり理解が追いつかない。
なぜ自称地球のコルセットを締め上げているのか、なぜコルセットが必要なのかも判らなかった。
ふいにコルセットのリボンがスルリと解けた。
途端に彼女の腰がまったく正常かつ自然な太さへとゆっくりと戻っていく。
と同時に彼女が「あら、どうしましょう」と言ったと思うと、己の体に異常を感じた。
何かがおかしい。いや、おかしいのはこの地球だ!
大地が揺れ風が吹き吹っ飛ばされそうになる。凄まじい圧が体を襲う。
だが彼女はふふふ、とおかしそうに笑うだけだ。
「ちゃんと締めなくちゃ。太陽系から外れてしまうわよ」
慌ててそのリボンを引っ掴み、ぎゅうぎゅうと締め直せば徐々にその揺れは収まっていった。
「ね、ちゃんとしないと。これは私を太陽系に止める楔なのよ」
彼女はおかしそうに笑った。
他の星にもリボンが? と問うと「当たり前じゃない」と彼女は答える。
「でなければぶら下がっていないわよ」
つまり、すべての星はどこからか吊るされているということだろう。
誰が吊るしているのだろう。
この世界は誰かの庭か、あるいは丁寧に整えられたオブジェかなにかなのかもしれない。
地球はまだおかしそうにふふふ、と笑っている。
もしも管理人がいるのなら、自らの手でコルセットのリボンは締め、管理してもらいたいものである——だが、仕方ない。ここには自身しかいないのだから。
手を伸ばしリボンの端を持つと、もう一度ぎゅうぎゅうとコルセットを締め上げる。
彼女は「もう充分なのに」と再びおかしそうに笑うのであった。
おしまい。




