第十夜・うっすらとした川
散歩中、川のほとりに差し掛かると、水が光を強く反射しいつもより輝いて見えた。
薄青の水は清潔で、川底は明るい色の砂である。沖縄の海を彷彿とさせる川だ。
はて、この川はこんなに綺麗だっただろうか。そんなことを思いながら河川岸へと向かう。
その頃になると、なにやら人々がそこへとつめかけていることに気づいた。
みな、この美しい川に魅了されたに違いない。
人々は河岸に座り込み、一様に川の中へと手を突っ込んでいる。なにをしているのだろう。
首を傾け彼らの様子を見れば、彼らの手にはうっすらとした何かが握られていた。
透明で薄青のそれを引き上げると、小脇に置いていく。
ごく薄いそれは、布のようでもあるし、かと思えば柔軟性のあるセロファンのようでもあった。
あれはなんだろう。なぜ川からそんなものがとれるのか。
たまらず近くにいる人に尋ねると、その人は「川のメンテナンスをしている」というのだ。
寿命の切れた水を拾い上げ、新しい水へと交換しなければならないらしい。
どんな作業か見学させてもらうと、その人は流れる川の上に手をかざし、それからゆっくりと川の上澄を手繰り寄せた。
あれだ、湯葉だ。湯葉の掬い上げに似ている。
流れゆく川からそれを取り出しては小脇に置く作業を繰り返すと、あっという間にその人の横には川の薄皮でいっぱいになる。
透明で、うっすらとして、薄青が混じったそれらはどことなく美しい。
どこにメンテナンスが必要なのかは分からないが、その人は何度もその作業を繰り返し、やがて河岸は「寿命の切れた川」でいっぱいになった。
それをどうするのかと再度尋ねると、寿命の切れた川は命が足りなくなっているので、満月の夜に充分に月の光を吸わせて生命を吹き込むのだという。
生命が吹き込まれた川はどうなるのだ、と問うと「そんなの勝手に川へ帰っていくに決まっている」とその人は答えた。
折り重なる川の薄皮を見やると、風もないのにそれはふこふこと小刻みに震えている。
なるほど、これが「寿命の切れた川」なのだと納得する。
やがてその動きは止まり、この薄皮が終焉を迎えたのだと知った。
人々は「おおい、行くぞ」という掛け声を合図に川の残骸を背負い、山へと向かっていった。
流石に山まではついて行けそうにない。
彼らが山へと向かう後ろ姿を見送りながら、彼らは今までもこれからもこうして自然の摂理と道理を守ってきたのだろう、と考えた。
やがて気付けばあたりは夜の帳が落ちていた。
空に浮かぶ月は大きな満月である。
青白い月明かりに照らされて、無数の何かが山肌からふわりふわりと飛び立つのが見えた。
それらの行き先までは確認できなかったが、どこへ行くのかは判っていた。
ふわりふわりと群れを成すそれらは、やがて川へと至るのだろう。
空を漂うその姿はいずれも楽しげであった。
あの川は今日も明日も、死んでは生まれ変わることを人知れず繰り返しているのかもしれない。
おしまい。




