第七夜・亀の中身
初夏の昼下がりのことである。
ベランダに座りひょいと道路を見やると、目の前の通りを何かがゆくのが見えたのだ。
それはのんびりほてほてと歩き、そしてやけに巨大であった。
亀である。
大きな動物は、デカいというだけで可愛いものだ。亀もまた同様であろう。
ゆったりと歩く亀に俄然興味が湧き、駆け足で通りへと向かう。
本人、いや本亀が了承してくれたなら、暫し交流をはかることぐらいはできるだろうか。
ウキウキとした気分でサンダルを履きいざ近付くと、このドデカ亀、思った以上に巨大であった。
ベランダから見た時よりもはるかに大きく、軽トラックほどの大きさなのである。
そしてどう言うわけか、甲羅にマンホールが嵌っている。
夢の中というのは往々にして無茶が罷り通るものあるが、自身はそれを別段不思議に思うでもなく、「そういう種類の亀なのだろう」と認識していたのである。
ふとドデカ亀の足元を見ると、寄り添うように小さな亀がいる。
小さい亀もまた小さいと言うだけで可愛いものである。もちろん普通のサイズであっても可愛いものだろう。
すなわち亀はどんな亀でも可愛い。
さて、二匹の亀は仲良さげではあるが、片方は軽トラックサイズでもう片方は掌サイズ。
凸凹コンビとはよくいうが、些か凸凹がすぎる。
だが二匹は唯一無二の親友であろうと言うことが見てとれたのだった。
その小さな亀であるが、こちらを見上げ何かを訴えている仕草を見せる。首が左右に忙しなげに動き、なんとか異常に気付いてもらおうとしている——、そんな風に見えたのだ。
なにか助けが必要なのかも知れぬと近づくと、どうやらアクシデントにより、腹甲部が割れてしまっているようなのだ。
誰かがそうしてくれたのか、雑に亀裂がガムテープで補修されていた。
そこで「大丈夫か」と尋ねると、亀は首を横へと振る。
どうしたものかと考えつつ「失礼」と声をかけながらその小さな体を掴み上げ患部を確認すると、驚くべきことにその腹甲部がパカリと開いたのだった。
露わになった亀の中身であるが、中は純然たる亀の中身——、ではなく、当然のような顔で、アマガエルがドライバーとしてそこに座していたのである。
座席に背中を預け、ハンドルを掴む手がちんまりとしている。
アマガエルの目がキュルリと動き「これは亀の形をした家なのだ」と言う。
アマガエルが続けて説明したことによると、隣にいるドデカ亀が脱皮した際に、安全な住処としてその抜け殻を譲ってもらった、とのことであった。
亀の抜け殻とはこれはまた、随分と綺麗につるりと抜け落ちたものだなぁ、などと感心していると、とにかくここに生じた亀裂を治してほしいとカエルが訴えるのだ。
困った。なにせ自身にはそんなスキルはほとんどない。
だが、ドデカ亀は涼しい顔で「マンホールをつけると万事解決する」と勧めてくるではないか。
マンホールを後付けするなど危険だろう、と異を唱えれば、ドデカ亀はあっさりと「このマンホールも後付けしたものだが自分はこうして元気に生きている」というのだ。
ドデカ亀のマンホールは、そこから大ぶりの桃の木が生えてきた際に伐採をした名残なのだそうだ。
たわわに実った桃は美味かったが、重みで押しつぶされそうになり、ついには善意の団体によって伐採が行われた——、とのことである。
その傷を塞いだ結果がマンホールというわけだ。
だが、小さな亀用のマンホールなどどこにもありはしないだろう。
散々考えあぐねた末、なんとか解決策を思いつく。硬貨である。
ポケットに入れてあった硬貨のうち何枚かを取り出すと、アマガエルは一円玉がいいと自ら選び取り言う。
「百円の方が厚みがあってよいのではないか」と提言するも、それでは重すぎるようだった。
一円玉を亀裂に当てがいなんとか固定すると、小さな亀の腹甲部はアマガエルの手によってパタリと閉じられた。
小さな亀は実に満足げ首を二、三縦に振り、それからドデカ亀と寄り添ってどこかへとほてほてと歩いて行くのであった。
亀とカエルが実際に親友となれるかどうかは判らぬし、彼らがどこへゆくのかも知らぬが、夢の中の彼らには末長く共にあって欲しいものである。
ところで亀から生える桃とはどんな味だったのだろうか。そこだけが少し気になったのであった。
おしまい。




