第五夜・蓮の朝露集め
蓮の葉の上に溜まった朝露を採取することが、自身に課された労働のようだった。
あたり一面は見渡す限りの蓮。水面から立ち上がった花と葉が、重そうに身を揺らしていた。
なんとなく清々しい匂いがする。そしてシャンシャン、という謎の音が風の合間に響いていた。
さて、問題の朝露であるが、それは外的要因によって溜まったものというわけではなく、蓮本体が生産しているものらしい。
朝露を一リットル集めるとその日の仕事は終わり、とのことであるが、水平線まで広がる蓮畑であるにもかかわらず、朝露を湛えた葉はごく僅かであった。
そんなにたくさんは流石に無理だろう。
集めなければならないというのなら、たくさん生産して欲しい。
不平不満はあったが、ともあれ作業開始である。
朝露は時間が経つと消えてしまうようで、開き切った蓮の花が閉じるまでがタイムリミットなのだと説明を受ける。
なぜこんなことをしなければならないのか、なぜ集めるのは自分一人なのか。
また、手渡された採取用の瓶がひどく重いのも不満であった。
葉を傾け溜まった朝露を瓶に落としていくが、落ちる瞬間何故か硬質な音がした。
変だなぁ、などと思いつつ作業効率の悪さに自然、眉間に皺が寄る。
だが労働とは往々にしてそう言うものだ。不満は適度に口にしストレスは溜めすぎぬが吉である。
時折不満を口にしては、作業を続けていく。
ふと視線を遠くの空へと移すと、アドバルーンが浮いていることに気づいた。
アドバルーンから伸びた垂れ幕には「祝・スズメの姫御誕生」と書かれていたのである。
よく見れば異様に大きな体のスズメがアドバルーンを浮かせているではないか。
いや、アドバルーンの様子はどうでも良いことだが、つまりこの朝露は彼女のためのものなのだと考えた。
と、突然何かが耳を掠めた。
ブブブ、という音を不信に思い周囲をよく見れば、無数のミツバチが飛んでいるではないか。
彼らの手足には、大粒の水滴が付着している。
何故かはわからないが、彼らの女王は、スズメの姫の母とは旧知の中であるのだと瞬時に理解ができた。
小さき者らが必死で朝露を集める中で、大いなる者である我がブツクサと文句を言うのはなんとなく格好がつかない。仕方なく、それ以後は黙々と朝露を集めていた。
時折シャンシャン、と音がするが、それがどうやら蓮が朝露を生産し終えた音だと気づくのは、作業開始から随分経ってからのことであった。
泥水に足を取られながら、シャンシャンの音を頼りに朝露の採取を続けた。
どれくらいそうしていただろうか。ようやく瓶の半分ほどに朝露が溜まった頃、めでたい知らせが届く。
スズメの姫が初飛行に成功したと言うのである。
ふと気づくと瓶の中身は小さな透き通った金平糖のようなものへと姿を変えていたが、「もうお届けに上がらねばならない時間だから規定量に満たなくとも提出するように」などと言われ、作業を切り上げることとなった。
お給料として蓮の実を五粒頂いた。
と、突然、バンバンババンと立て続けに派手な音が響き渡った。
そして空には薄い虹色の花火が舞っているのだ。つまり花火だ。
瓶を回収する者に「花火の音で姫が起きてしまうのではないか」と問うと、その者は不思議そうに「姫は起きているに決まっている」というのだ。
赤ん坊は寝るものなのではないのか。動物は違うのだろうか。そんなことを話したように思う。
だがなんとこの花火、スズメの姫がお嫁に行くために打ち上げられた祝砲なのだそうだ。
さっき生まれたばかりではないか。動物の成長、早すぎないか。
しかしそんなことは瑣末な問題なのか、それを祝すように、蓮畑のそこかしこではシャンシャンと音が鳴り響くのであった。
あの結晶化した朝露が姫の口に届くのかどうか定かではないなあ、と夢の中では考えていたが、しかしきっと、輿入れ先で彼女を楽しませる役目を担っていることだろう。
そうであったのなら嬉しく思う。
おしまい。




