第四夜・龍の治療
山の頂上に力なく横たわるそれを目の前に、あんぐりと口を開け見上げる。
それは、地表につけた顎から額までが、三メートルほどあった。
正直怖い。
どうやら今から、竜の腹に入らねばならないらしいのだ。
竜と言ってもどちらかというと龍だ。
ドラゴンとかの仲間ではない方のそれである。
ただし、なぜか足も手もない。そして体がとてつもなく長いときた。つまり自称竜ではあるがどう見てもアレなのである。
そう、蛇だ。
自身は足が多いのと少ないのはめっぽう苦手。
龍を目の前に当惑したが、まあ、かつては子供であったものの、今ではすっかり大人。
相手も意思疎通可能な生き物なれば、笑顔で「こんにちは」と挨拶の一つもするのが大人として当然のマナーというものだ。
手を掲げ匂いを嗅がせれば、「なるほどお前がそうか」と言うような顔をされる。
突然横に現れし役人によれば、この龍は治療を要しているとのことである。
そんなことを言われても、自身は医療者ではない。
ゆえに治療などできるわけもないのだが、理不尽なことこの上ない強制は、夢であればある程度は仕方がないのだろう。
とって食うなよ、などと思いつつ、お邪魔しますとその口に入ってそして驚く。
中は森であった。
竜の体内は森林で構成されていたのである。
鹿に類似すると思しき動物が木々の隙間からこちらをジッと見ているし、青く美しい蝶さえも飛んでいる。
完全に森だ。
役人が言うには、森の奥のある龍の心臓はひどく腫れ上がっており、それらをどうにか治療しないことには龍は街から動けないらしかった。
街に龍が居続けると言っても、その巨体が置かれているのは人の営み薄い山中だ。
そこに龍がいることがそう問題であるとは思えなかったが、どうにかしなかればならないのだと言われたらどうにかするしかあるまい。
川を渡り蜘蛛の巣を払い、やがて心臓へと到達する。
暗い暗い森の奥である。
木の根元に埋まるように置かれたそれこそが心臓だと言われたが、見てくれがまず奇妙であった。
蔓性の植物の合間に置かれたそれは、巨大な卵のようだ。静かに脈打ち、その動きに合わせてオレンジ色に発光を繰り返している。
ああこれはひどい。医師でもないのにその姿に息を呑み思わず呟く。
心臓の表面へと、テニスボール程度の大きさの球体がいくつも蔓延っているのだ。
それらもまた心臓と同様に、拍動に合わせて発光していた。明らかに心臓の一部と化しているではないか。
「自然にここまで悪化するとは思えない」
役人の言葉に、では原因を探るべきだろうと言うが、どうにも歯切れの悪い返答しかない。
「仕方がない」だとか「難しい」だとか、挙句「このままの方がいいのかもしれない」などと繰り返す始末だ。
役人を問いただすべきであろうか——と思案していると、心臓の陰からひょこりと老婆が姿を現した。
背負い籠の中には発光する無数の球体が入れられており、彼女はこちらをじっと見ている。
よかった、自分以外にも龍の治療を請け負った者がいたのだとホッとしたのもつかぬま、老婆はニッと笑み「これが非常に美味い果実なのだ」と言うのである。
なんと彼女は、家族で龍の心臓に実る果実を栽培しているそうなのだ。
奥に住まいの丸太小屋もある、ぜひ寄って行けというが、つまり龍が動けぬ理由はこの家業のせいだろう。
ならば治療を請け負った立場としては、老婆のもてなしを受けるわけにはいかない。
賄賂だ。癒着だ。忖度だ。
キッパリと断ると、老婆は不機嫌になり、急に龍の心臓に何やら刃物のようなものを突き立て、中から溢れ出た溶岩のような液体を手で丸め始めるのである。
正気の沙汰ではない。
彼女から逃げるように奥へと進むと胃袋に到達する。
胃袋と認識したそこは、水のがブクブクと湧いており、中には拳大の虹色の石が幾つも踊っていた。
これを持ち帰らねばならないのだと思い出し——、突然何かを思い出すのは夢特有の事象なのだろう——、手頃な大きさのものを拝借することにしたのである。
気づけば龍の耳から這い出てきていた。
そこから垂れ下がる毛をグイッと引っ張り下降を試みると、龍の片目がないことに気づく。
それで、その眼窩へと先ほど拝借した石を突っ込むと、突然龍に手足が生えたのだ。
目覚めてから思えば、あれはどうみても龍でも龍でもなくどちらかと言えばカナヘビやヤモリのフォルムであった。それに、口から心臓へはどうやっても到達できないだろう。
それはそうとあの龍は、きっと手足が生えたのだから自由に移動ができるようになったことだろう。
謎の一家を吐き出し自由気ままに空を飛べていればいいと思う。
おしまい。




