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第三十四夜・綺麗な透明な種

 ある肌寒い朝、近所の掃除をしていたら町内に住まうお婆さんに「いい子だねえ、これをあげようねえ、ヒッヒッヒッ、これはとってもいい種だよう、ヒッヒッヒッ」という、なんとも御伽話じみた調子で話しかけられた。


「早く手をお出しよ」


 お婆さんに言われて反射的に右手を差し出すと、掌にそれをポトリと落とされたのである。


 ずっしりと重くて、淡雪のように儚い風体だ。

 見た目はひまわりの種に酷似していて、でも本体はクリアカラーの水色。

 そして縞模様の部分も淡いピンク色であった。大きさはと言えばアサリほどだ。


 些か種にしては巨大であるし、何の種かも皆目判らないが、見た目も大きさも好みであったので「ラッキー」などと思いつつ丁寧に謝辞を述べた上で頂くことにした。


 綺麗なものはいい。宝石棚に飾ろう。ルースケースはあっただろうか、などと思いつつポケットに突っ込んだのであった。


 箒をサカカサカカと掃きながら、そう言えばどんぐりなどは下処理が必要との情報が頭の片隅から引っ張り出される。防虫処理だ。

 これもそのように煮沸するべきだろうか。


 しかしこのクリア感が失われてはあまりにも残念。

 ところでこれは何の種だろうか。


 お婆さんに尋ねたかったが、その当のお婆さん本人の姿は既にそこになく、何ひとつ重要事項について尋ねることができなかったのだ。


  

 帰宅してまずその種を煮沸処理することにした。

 グラグラと沸かした鍋に恐る恐るそれを放り込むが、種は変色せず、ただ鍋底でカタカタと揺れ動いているだけだ。


 種が変質しそうにないことに安堵しつつ、椅子に座り暫しの休憩とすることにした。


 あの人はこれを種と言っていたが、一体何の種であるのやら。そんなことを考えていると、鍋の中身がなにやらぶくぶくと泡立っているのが目にとまった。


 そういえば、どんぐりの煮沸は過剰に行えば、膨張するか発芽するかだと書かれていた。

 あの種もそうなのかもしれない——、そう思い慌ててコンロに駆け寄れば、鍋の中に水分はほとんどなく、大量の泡で満たされていたのだ。


 失敗した。


 この様子では、あの綺麗な種はすでに溶けてしまっているのだろう。

 項垂れながらシンクへとお湯を流すと、湯気が舞い上がりそれを鼻から吸い込んでしまった。


 少しむせるが異常はない。


 湯気が消え失せる頃、鍋の底には一回りほど小さくなった種が残っていた。


 よかった。少し小さくなったが無事だ。


 ほっとしたのも束の間、すぐに体に異変が現れた。

 まつ毛や髪がやたらとフワフワに、羊の毛ように伸び出したのだ。色は綺麗な白。

 自分の毛に埋もれてしまいそうだ。


 まったく「何がいいもの」だと言うのか。

 騒ぎを聞きつけたのか、老婆が家までやってきた。

 顛末を話すと老婆は笑顔で頷いた。


「これで寒い時期は暖かく過ごせるよう、よかったねえ」


 老婆が言うには、種の湯気を吸い込んだ人は「寒い」と感じると体中がフワフワモコモコの毛で満たされるようになるらしい。


 この毛の処理はどうすべきかと尋ねると、老婆はニッと口角を持ち上げ、「町の毛刈りサロンに行って刈ってもらうのさ」と言うのである。


「息子がやっている店さ。私の紹介と言えばなんと20%オフだよう。ヒッヒッヒッ」


 つまりはまんまと嵌められたというわけだが、もう遅い。毛玉然とした姿ではどこに行くにもあまりにも不便だ。


「残念だねえ。種が全部溶けていたら、ずっとずうっと、ずううぅっと寒い日にはモコモコになったのにさあ」


 種は溶け切っていない。


 だがどうやら少なくとも数年は、寒くなるたびに毛刈りサロンへと通わねばならないようなのだ。


 よく判らないものは安易に頂くべきではないな、と思いつつ「それで、その毛刈りサロンはどこにあるのですか」とモコモコのまま尋ねたのであった。


おしまい。

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