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第三十三夜・四十段ベッド

 今夜の宿にチェックインをすると、ホテルの従業員は何故か部屋まで案内すると言うのである。


 館内図さえ見せていただければ大丈夫、お手を煩わせるのも申し訳ない、と思いつつ、ごく自然な感じに「ではご案内致しますね」などと言われたら「あ、ではお願いします」と応答するのが当たり前というものだ。


 随分と丁寧だ。このホテルは友人の勧めで訪れたのだが——、ただ懸念はあった。友人は「面白いホテル」としか教えてくれなかったのである。

 だが、さてどんなホテルなのかと身構えれば至って普通だ。拍子抜けしたものの、徐々に違和感を抱くようになった。


 部屋番号は400。であるにも関わらず、四階へと上がる気配は一向にないのだ。

 そして案内された先はどう考えても一階。

 しかもなにやら、扉の向こうでは人の気配がするのである。


 従業員が扉を開けると、まず目に止まったのは、たかーーーーーーーいベッドであった。


 二段ベットの更に上をゆく、一、二、三、四、五、六……、ここまでカウントし、あまりにも積み重なる数が多かったので、途中でやめてしまった。


 なにこれ。これはどういうことだ?


 従業員へと説明を求めるよう顔を向けると、その人は平然と「お客様のベッドは四〇段目でございます」などと言うのである。


 四〇段目!?


 見ればベッドの柱には確かに一段、二段、といった具合にプレートが付いており、なるほど、映画館のシートかはたまた新幹線の座席のように判りやすくなっている。

 とにかく、そんな感じのご丁寧な表示があり、間違って予約者以外が就寝を果たすのを避けられるようであった。


 いいシステムだなぁ、などと納得しかけ、いやいやいや、これはおかしいだろうと考える。


 従業員に説明を求めねばなるまい。自身はごく普通の、一般的な部屋を予約したはずである。


 なにか間違いがあるのではないか。ついては一度部屋を確認したい。確認しても良いだろうかと尋ねれば、従業員は「不手際などあり得ない」と確信するような眼差しで「どうぞ?」と言ったのだ。


 予約を確認する。届いたメールには、確かに「一部屋」ではなく「一床」と書かれていたのである!


 なんということだ。これは確かにこちらの勘違いだ。

 どうやら今夜は大人しくここを寝床とするしかないようだ。


 小さく謝罪と案内のお礼を伝え、深呼吸をして室内へと入る。


 だが宿泊客の態度はこの奇妙な部屋以上に悪かった。

 一段目のベッドに座する女など、「こんにちは」と伝えても無視である。ひどい。


 一段一段梯子を上っていき、宿泊客とかち合うたびに挨拶をする。

 陽気に挨拶する人、会釈する人、完全無視は一段目の女以外にはいなかった。

 だがタバコを吸う人や麻雀をする人たちなどもいて、なんだかアンダーグラウンドな雰囲気に慄いてしまう。

 至極真っ当に生きてきた自身には馴染みのない風体の人々がたくさんいた。正直怖い。


 やがてたどり着いた四〇段目であるが、恐々とそこに乗って、ようやく落ち着く。

 ベッドそのものはそう悪くはない。

 天井の高さは充分にあるしフカフカだった。

 だが問題はそう、ここが四〇段目であることだ。


 そっと下を覗くと床は遥か遠く。これを再び降ることを思うと手に汗が浮かんだ。

 一体何だってこんなことに?

 なるべく壁側に寄って事故が起きないよう努めた。


 

 ふと気づくと真夜中だった。

 トイレに行きたい。だが、と考える。

 これを降りてまた登る——、それを思うとうんざりとして用を足す気にもなれない。


 と、何やら「ちん」という音がした。

 どうやらそれは下の段からのようで、こっそりと覗くと三十九段目のベッドが横へとせり出しているのである。そのままベットは急降下した。


 そんな機能があるとは。自身も寝床の周りを探るが、なにもない。ちょうど帰ってきた三十九段目の客に「どうやったらそれが使えるのですか」と尋ねると、その人は「ああ」と言った。


「残念だけどあなたは使えませんよ。一段目の女に認められないと使えないんですよ」


 どうやって認めさせるのかと尋ねれば、その人は困った顔をした。


「一段目の人に聞いてください」


 面倒に思いつつ一段目までようやく降りて、女に尋ねる。だが彼女の返答は「十段目の人に聞いて」であった。

 仕方なしに十段目まで登り尋ねれれば「五段目に聞け」と言われ五段目まで行けば今度は三十五段目に聞けと言われる始末。


 そんなことを繰り返していると、朝になってしまった。


 結局誰に聞いても「さあ」と言うばかりであのボタンがどうすれば現れるのかが判らなかった。


 やがてチェックアウトの時間が訪れた。


 たった一晩の滞在、何をそんなに必死になる必要があったのかと考えながらカウンターに向かう。

 すると従業員がさらりと「百三十九万円になります」などと言うのである。


 何かの間違いだろうと詰め寄ると、従業員は笑顔で「いえ、お客様は何度も梯子を上り下りなさったでしょう。当ホテルは梯子の使用回数に応じて滞在費を頂戴しているのです」などと言うのである。


 持ち合わせは当然なかった。困り果てていると、一段目の女が通りかかった。


「払えないなら暫く滞在するといい。それでタダになる」


 意味が判らずその意味を尋ねると、女は笑うのだ。


「ここはホテル。人でいっぱいでなければならないの。人でいっぱいになればホテルは満足なのよ」 




 ベッドの横のボタンを押し、わざとらしいまでに音を鳴らして階下に移動する。

 上の宿泊客が「そのボタンはどこにあるのですか?」と尋ねてきた。

 自身は笑顔を作りながら、「一段目の人に聞いてください」と答えるのだった。


 ホテルは今日も満室だ。


おしまい。

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