第三十一夜・ゴミ捨て場の未来
ゴミ袋片手にその袋を凝視した。
本日はゴミの日だ。
当日朝四時から八時までに出すように、というルールを守る模範的な住民を自負する自身は、四時二分現在、ゴミ袋を片手にそこにいたわけではあるが——、先客がいたようなのである。
既にゴミが捨ててあったのだ。
だが周囲に人はおらず、つまり誰かがルールを破ってゴミを出したのだろう。
だってまだ四時二分だ。ルールに則っているのなら、捨て主の姿があるはずである。
まったくもう。
そんなことを思いつつ、自身もボックスにゴミを突っ込もうとした……、のだが、その捨て置かれたゴミ袋がどうにも様子がおかしいのである。
まず指定のゴミ袋ではない。そればかりか、色がこう……、水に落ちたシャボン液のように、奇妙な虹色が広がっているのである。
その上、袋には「未来」と張り紙がされていた。
明らかにおかしいが、それだけならばまだマシだ。
いや、よくないが、まだ「ルールを守らぬ住民が変な袋で時間さえ守らずにゴミを出したのだろう」と思うのだけですむのだが——、まず、そのゴミ袋はなにやらグニャグニャと蠢いているのである。
中に何か生き物でも入れられたか。早急に救出せねばなるまいと義憤にかられる。
だが次の瞬間、そのゴミ袋は勢いよくゴム毬よろしく跳ね出したのである。
驚きすぎて尻餅をつく。そんな自分をよそに、ゴミ袋は跳ね続けるのである。
未来が跳ねている。
ああこれは、誰かが自分の未来を捨てたのだ、と何故か理解できた。
でも未来は生きたがっている。どうすべきか悩んだ果てに、その袋を掴み開けようと決意した。
ばよんばよんと跳ねるそれにそっと近づきどうにか掴もうと考える。だがその跳躍があまりにも激しくて、上手く掴めそうになかったのだ。
角度を変え立ち位置を変え、だがそれは一向に叶わない。
そのうち未来は跳躍を繰り返したまま移動を始めたではないか。
明け方前の道路に、ばよんばよんというどこかおかしい音だけが響き続ける。
やがてそれはマンションへと辿り着いた。
未来は行くべき場所を理解しいるのだろう、迷いなく進んでいったのだ。
恐る恐る未来の後を辿ると、マンションのある一室、そこに到着した。ドアが、ひっそりと口を開けているのが見てとれた。
未来はするりと、当たり前のようにその中に入り、やがてばよんばよんという音も消えていったのだった。
マンションの廊下に静けさが訪れる。
そっと隙間を覗く。
暗くてあまりよく見えない。逡巡ののち、スマホのライトで中を照らすことにした。
ああ、これはひどい。
中ではたくさんのゴミ袋が重なり合っていた。
ここはもしや、捨てられることを拒んだゴミたちの住処なのだろうか。
そんなことを思いながら屋内を照らし続けると、パッと電気がついたのだ。
急な点灯に驚く。
そうだ、これは覗き見だ。もしも通報されたらどんな言い訳も意味をなさず、なんらかの罪に問われるかもしれない。
慌てて逃げ帰ろうとするも、そのゴミ袋の山、そのすべてには張り紙がされているのに気付いた。
思わず足を止めてそれらの紙を凝視した。
未来。そう、それは先ほどゴミ捨て場で見つけたものである。
それから治療、結婚、希望、完治、仲直り、合格、新築、昇格それに——、幸せ。
それぞれの張り紙は、その殆どが明るさを伴うワードであった。
ああ、ここはそう、つまり、誰かが仕方がなく諦めた何かの墓場なのだろう。
未来。
一秒先のすべてを諦めてしまった誰かのことを思うと、胸に何とも言えない悲しさが立ち込めた。
ゴミの合間から僅かに覗く窓から、オレンジ色の朝日が見えた。
ああ、朝だ。朝が来る。
扉をゆっくりと閉めて、もと来た道を戻った。
ひどい墓場を見た。その部屋を見上げて、ため息をつく。
いや違う——、もしかしたら、あれは、いつか取り戻すためにここに保管されているのかもしれない。
本当に諦めているのなら、未来や希望はゴミ捨て場から逃げたりしないだろう。
きっとそうだ。そうだといい。そうであればいい。
そんなことを思いながらそのマンションから立ち去ったのだった。
おしまい。




