第二十七夜・地面のチャック
道路にギザギザがあった。しゃがみ込んで見てみると、それはどうやらチャックのようであった。
道路の端を見ると、巨大なスライダーがドシンと鎮座しており、なるほど、これは疑いようがなくチャックだとかジッパーと呼ばれるような類のものであると確信する。
『このスライダー、引くべからず』
道路の端にはそのように記された看板があるが、一体誰がこんな巨大なスライダーを引くというのか。
いや、そもそもそれ以前になぜ道路にチャックが?
謎は深まるばかりであるが、一先ずそれは放置して、予定通りにその辺りをぶらつくことにする。散歩の途中なのである。
暫く行くと、世界の至る所にチャックがあることに気づく。
木の根元、建物と地面の境目、果ては山の稜線にまでチャックがあることに気づいたのである。
我々の住む世界には、気づいていないだけであらゆる場所に繋ぎ目があるようだった。
これは大発見である。
誰かに急ぎ知らせねばならぬだろう。そうだ、写真を撮るべきだ。
手近にあった小さな建物、その境目にちょうどチャックがある。いそいそと近づきポケットからスマホを引っ張り出していると、なにやら作業着をきた男たちが歩いてきた。
「すみませんね、ここは今から立ち入り禁止です」
ああそうなのか。
残念に思いながら見ていると、彼らジッパーの周りを「立ち入り禁止」のバリケードで固めてしまった。
彼らは準備が済むと、四人がかりでジッパーをヨイショと引くのである。
ジッパーの隙間からなにやら細かい丸いものが漏れ出し、あっという間に建物が萎んでいくではないか。
赤、青、緑、白、茶。様々な丸い玉たちがポポロポポロととめどなくこぼれ出すのであった。
彼らは色とりどりのその丸いものを、巨大な掃除機のようなものでズゴーッと吸い込んでいく。
やがて空気の抜けたようにビロビロになり萎んだ建物だけが残されたのである。
彼らはそれからその建物の形を整えると、次に、別の集団が持ってきた謎の機械の先端がチャックに突っ込まれ、それから轟音を立てて何かが注入されていく。
やがて建物は元の形に戻って行った。
それが済むと彼らは何事もなかったかのように去って行ったのだ。
何のための作業かは判らないが、どうやら世界中のあらゆる場所でこのような作業は随時行われているようだ。
ふと足元を見ると、白い丸いものが転がっているのが見える。それを拾い上げると少しだけ熱かった。
彼らを追いかけねばなるまい。
しかしトラックに乗った彼らはとっくに姿も見えぬほど遠くで、徒歩であるこちらには追いかけるすべはないのであった。
さてどうするべきかと佇んでいると、なにやら建物の様子がおかしいのである。
先ほどよりも建物が新しく見えたのだ。
なるほど、きっとすべてのものがそうなのだろう。
あの山もきっと、入れ替えが定期的に行われているのかもしれない。
猫が通りかかった。よく観察すると、猫の背中にはチャックがきらりと光って見えるのだ。
すべてのもの、には生き物も含まれているのだとようやく理解するに至りゾッとする。
その一方で世界の真相を見たような、そんな気分で満足をする気持ちもあった。
だがふと気づく。
生き物も——?
すれ違った猫は小さくニャーと鳴いた。
手にした丸い玉をそっと地面へと置く。
自分の首の後ろ、そこに触ろうかと考えて、やめた。
家に帰ろう。
キョロキョロと周囲を見回していると、気づけばチャックは見当たらなくなっていた。
空を見上げると、雲が妙にはっきりと形作られている。
その端にチャックが現れるかもしれない——、そう思うと、もう一度空を見上げる気にはなられなかった。
世界はきっと今日もどこかで入れ替えが行われているのだろう。
そう、みんな、どの人もきっと。
おしまい。




