第二十六夜・風の王族
あたり一面は緑の絨毯。しばらく経てば米が実り、こうべを垂れるわけではあるが、今はとにかく均等にこの緑の高さを整える必要があった。
今日から暫くの間、この田は『風の王族』の仮住まいとなるのである。
彼らは気まぐれに引っ越しを繰り返し『なんとなく感じのよい草の上』を見つけては滞在を繰り返す流浪の民なのだ。
太陽が照りつけてる。青い空に青々とした山、それに目に鮮やかな緑の田んぼ。
景色の鮮やかさほど、気温には爽やかさがない。
額に浮かんだ汗を拭い、ブチブチと稲穂を引っこ抜いていく。
彼らの滞在がなかったら、順調に育成が進み収穫を迎えていたであろう稲穂。無駄なことこの上ない。
だいたい風の王族とはなんなのだ。
こちとら天照大神がおわする国だ。たかだか風の王族ごときが偉そうな顔でのさばらないでほしい。
偉そうにしていても崇め奉られるのは神ほどの高位存在だけだ。
……などと思いつつも田は同じ長さの稲穂ばかりとなってしまった。お出迎えの準備完了というわけだ。
美しく整ってしまった稲穂の絨毯から引き上げ畦道に立つ。
これで文句はあるまい。あったところでもう知らん。
それにしても緑が鮮やかだ。風の王族は山の向こうからやってくると言う。
暫くすると、山の中からチリン、チリンという音が聞こえてきた。
どうやら風の王族とやらがご到着あそばされたようである。
神職と思しき男たちが大名行列よろしく山の麓から歩いてくる様子が見えた。
しかし肝心の『風の王族』とやらの姿は見えない。
神事を取り仕切る人々の様子から、王族はすでにそこにいる様子ではあるが、一体その王族がどんな様子なのかは皆目判らなかった。
バッサバッサと紙が先端に付けられた棒のようなものが振られ(どうやらあれはオオヌサと呼ばれるらしい)、田が清められていく。
なにやら祝詞が読み上げられ、そして鈴が鳴る。
おお、こう言った儀式が必要なのか、と感心する。
しかしなぜ王族のためにお祓いが必要なのだろう。
謎は深まるばかりであるが、王族がご到着しここに滞在すると言う情報は事実のようだった。
周囲の田が収穫を迎える時期になったころ、異常が発生していた。
風の王族とやらが滞在していた田が朽ちていたのである。
なんという理不尽、なんという災厄。
こういった怪異的なものには「のちに豊作が訪れた」という終幕を迎えるのが筋であろう。なんだと言うのだ。
こちらの憤りなど知らぬ存ぜぬと言ったとこらしく、王族はついに退居を決めたようだった。
周囲の田は豊作だというのに彼らの滞在した場所はすべての稲が枯れていた。
チリン、チリンと再び山から神職たちが降りてくる。
一通りの儀式が終わり、神職の男が「これれにて王族はお帰りになりました」と言った。
朽ちた田んぼを見遣り、神職の男は「ようございましたね」と言う。
なにが良いのかさっぱりである。
詰め寄ると神職の男は笑顔で「あなたの災厄はこれで去りました」と言うのである。
「あなたに降りかかる厄をこの田に集めたのですよ。見なさい、この厄にまみれた田を。風の王族が滞在すると言うことはこう言うことです」
田は五年ほど放置すれば風に乗り、水に流れ穢れはすべて他所へ行くだろうというのである。
青々とした山を見た。
風の王族はどこへ行ったのだろう。
また別の土地へ移り住み、持ち主の厄を吸い上げ宿代としているのかもしれない。
果たして『なんとなく感じの良い草』の正体とは——。
チリン、チリン、という音が鳴る。
風に乗る鈴の音はいつまでも響いていた。
おしまい。




