第二十一夜・青色の消失
信号の青が無くなった。
なんでも今年は「青」が「よくない」そうで、この世界にあるあらゆる青が消えていっているのだそうだ。
お気に入りのジーンズからも青が少しずつ逃げ出している始末、これは困ったと眉を寄せても事態は悪化するばかりである。
それだけならば個人が少し我慢をすれば済む話であるが、ついには信号から青が無くなったとかで、世間では大騒ぎである。
さて、どうすべきだろうと白いジーンズを履きつつ歩き考えていると、遠くに気球に乗り込む人々が見えた。祭りでもなければ何かのイベントがある訳でもない。
何事かと近づくと、彼らは山の裏側に向かうのだという。
「なに、ちょっとした調査にいくんだよ」
背の高い女が言った。
何を調べにいくのだろう。自身は気球に乗ったことがない。気球のカゴまで走り寄り「乗っても良いか」と尋ねると、彼らは快く気球に乗せてくれるという。
何をしにいくか判らぬが、これはラッキーといそいそとカゴへと乗り込んだのだった。
風が頬にあたる。気球の旅は存外快適である。
山を二つ超えたあたりに広大な草原が広がっているのが見えた。気球は徐々に下降していき、ついにその場所へと降り立ったのである。
風にそよぐ名も知らぬ草たちは、みな奇妙な色だった。
なぜ気球に乗っていた時に気づかなかったのか判らぬが、青や赤、黄色に黒、オレンジ、それに紫と様々である。
あれは何だと尋ねると、一人の男が「色の素」だというのだ。
彼曰く、世界の色はこのように管理されているのだそうだ。
「手間いらずさ。色素は勝手に飛んでいく。必要な場所に必要なだけ色がつくんだ」
それは初耳だった。
と、一際強い風がビュンと吹き、すると何かが地上からふわりと巻き上がるではないか。それに伴い、宙が淡く色づく。緑色だ。
空気そのものが緑に染まってしまった様子に圧倒された。
「見ていてごらん。ほらあそこ」
その人の指の示す方を見やると、空と地上の合間に、一羽の白っぽい鳥が飛んでいくのが見えた。
風に舞う緑色は、サラリサラリと鳥へと少しづつ吸い込まれていき、鳥が完全なる薄緑へと色づくと、残りはもうそこへは興味がないと言わんばかりに飛んでいくのだった。
遠くを見やれば、赤も、オレンジも、黄色もそれぞれが飛び立っていく。様々な色が好き勝手に、だがまるで向かうべき方向を知っている顔で、空へと舞っていくのである。
「まあ、違法栽培なんだけどね」
誰かがそんな爆弾発言をする。
思わず振り返ると、その人は気球からちょうど降りてくるところだった。
「ここに来るには山越えが必要だが、車や飛行機では来れない。草にストレスがかかるとよくない」
何が良くないのか、と問うと、その人は顎で遠くを示した。そこの一角だけはあざやかさが微塵もなく、黒く染まっているのが見てとれた。
「エライ人がバイクで入ってきてあのザマ。黒くなっちゃった。草たちは発展した文明の音が嫌いなんだ」
黒い色もサラサラと飛んでいく。
だが、黒とて必要な色だろう。そう尋ねれば、その人は頷いた。
「必要だけどさ、量が問題。黒は草がストレスを感じるといくらでも増える。伝播性が高いんだ」
増えすぎてしまうということなのだろう。
それにしても違法とは——、悩んだ挙句に疑問をぶつければ、彼らはみな似たような顔でくすくすと笑うのである。
「我々は闇市の栽培人なんだよ」
青い風が吹き、それから徐々に自分のジーンズに青色が戻っていくのが見えた。
「あんまり色素管理局が違法だ違法だとうるさいから、ついね」
なにか楽しいことの話をするかのその様子にため息が漏れる。
違法と叩かれる割に、しっかりと世界の枠組みにピースとして嵌め込まれた者たちの、ちょっとした反抗ということなのだろうか。
「信号はいつ戻るんですか?」
尋ねると男はニッと笑って「さあ」と返事をした。
どうや暫く信号は元には戻らないようだと悟った。
世界の混乱はまだまだ続きそうだ。
ジーンズの青は戻っていたが、しかしそれは見たことがないようななんとも形容し難い青色だった。
おしまい。




