第十六夜・海辺の儀式
太陽の光が降り注いでいる。瞼の皮膚を通して、少し赤っぽくなった光が感じられた。
豊かな草原に寝そべって過ごすのはいいものだ。
空は青いし浮かぶ雲はより一層白く見えた。
緑の合間にちょっとした石が見えたが、いかにも自然の造形といった雰囲気で美しい。
潮風は少し苦手であったが、まあいい。すべてが許容範囲である。
ところがである、そのゆったりとした時間を台無しにする者がいるような、そんな感覚がしたのだ。
波の音に混じる声、それに太鼓のような音。
何事かと嫌々瞼を持ち上げ、周囲を窺う。
だが次の瞬間、目の前で繰り広げられるその異様な光景に目を疑った。
——小人?
なにやら小さな人々が群れをなしているではないか。
彼らは身長が低いというのではなく、存在そのものが小さいのだ。
こう、蟻を見て小さなぁ、と感じるのと同じような小さなのである。
その小さき人々は、どんてくどんてくと太鼓を打ち鳴らし、ひゅおひゅおと声を発し、てけとんてけとんとリズミカルに歩き踊っている。
彼らはどういうわけか、自身の周りに集まってくるのである。
様子から察するに、何かの祭りのようだ。
彼らが自身を崇めるようなポーズを取っていく。
よせやい、何事だ。自分はただの日本人観光客、崇めてもらうような存在ではない。
そもそもあなた方は何者だ。とにかく話を聞いてくれ。
と、謙虚かつ当たり前の態度を示そうと思うのだが、どうにも身動きが取れない。
おやおや? と戸惑う自身を置き去りに、祭りは進んでいく。
やがて水平線に浮かぶ太陽が熟れた果実のようになる頃、祭りはフィナーレを迎えたようだ。
人々は歌い花火を放ち、自身に向かって何かをお供えする。
潮風が冷たい。
小人の一人が何か祝詞のようなものを読み上げる。
きょろりと視線を動かすと、自身の隣、その隣、ずっとずっと隣にも、顔だけの石像が何体も並んでいるのが見えた。
ああ、と気づく。
己はそう、なにかの巨大な石像なのだ。ずらりと並んだ石像のうちの一体。それが自身。
彼らが小さいわけではなく、己が巨大なだけなのだ。
彼らは恭しく自身にペタペタと触れる。
それを以て儀式そのものは終焉を迎えたようで、今度は野趣溢れる大地の上で大人も子供入り混じって楽しげに食事を始めたのだ。
これからこの先ずっと、彼らの営みを見守っていく存在になってしまったのだ。絶望感で胸が満たされていく。
一体なにゆえこんなことに。
波の音と人々の楽しげな声が虚しく響く。
と、子供の一人が石像となった自身に近づくと、じっと見つめてから何か果物のようなものをお供えしてくれた。
あたりはすっかり暗く、月明かりと、そして彼らが組んだ井桁から立ち上る炎だけが光源だ。
子供の頬が炎に照らされていた。
子供は慣れない仕草で手に持った茎のついた葉っぱを揺らし、自身へと敬意を払う。
すまない、己は君たちの神ではないのだ。その敬意を受け取るべき存在ではない。
だがその声は、きっとこの子には届かない。
子供は満足したようで、走って大人たちの輪の中に戻っていく。
青白い月明かりが彼らを照らしていく。
いいなぁ、と思う。
自由に動き、歌い、食べ遊ぶ。
自分も石像でなければ自由であれるのに。
と、宴もそろそろお開きなのか、彼らは火を消してそれぞれどこかへと帰っていく様子が見えた。
残されたのは星のきらめきと月の光、そして波の音だけだ。
ずっとここに、こうしていなければならないのだろうか。
家に帰りたい。
ずっと動けないなんて、嫌だ。
涙が溢れた。
うん? 涙?
その瞬間に手足が自由になる。膝を動かすこともできた。
力を込めるとにょっきと立ち上がることができるではないか。
いつの間にか、周囲に立ち並ぶ石像は、自身よりもはるかに高く、遠く自身を見下ろす存在となっていた。
いや違う、自身が元の大きさになったのだろう。
世界の尺度が戻っていた。
石像が何体も並んでいた。
彼らは地平線を見つめ続けている。
彼らは元に戻ることはないのだろう。
石像たちはただただ潮風を受け、夜の中にあった。
数百年こうしてきたように、この後もこうして神として生きていくのだろう。
波の音が響く。
それはまるで誰かを呼ぶ声のようだった。
おしまい。




