第十五夜・巡る果実
その木の実は猫だった。
蝉が鳴く夏の木々よろしくニャーニャーと鳴き声がするである。
実にはフサフサな毛が生えている。
栗のトゲトゲがふわふわの毛に成り変わったような塊で、かつ大きさはまるでバレーボール。
顔や手足はないが、色や模様は様々で、長い尻尾のようなものが、枝とを繋ぐ役目をしているのであった。
成長したらどうなるのか、もいだらどうなるのか——、この実り豊かな木の行く末が少しばかり気になったが、それらはひとまず考えないことにして、下からその木を眺めることにした。
ニャーニャーゴロゴロという音がなんだか楽しいのだ。
と、人が通りかかっておもむろに手を伸ばし、その実に触れるではないか。
何をするのだろうとその様子を眺めていると、その人は遠慮なくぶちりとその実をもぎ取ったのだ!
捥いだそれを、編みカゴへと、実にてきとうな手つきで、次から次へとポンポンと放り込んでいくのである。
カゴに収まった実からは、暫くの間はニャーニャーという音がしていたが、そのうちそれは徐々に小さくなっていき、やがて消えてしまった。
呆気に取られている間に行われたその蛮行に、なす術もなく立ち尽くすしかない。
ひどい。猫が、猫が、猫がもぎ取られてしまった!
その行動を遠慮なく詰ると、その人は腹を抱えて笑い出した。
「大丈夫、これは誕生なんだよ」
消え失せた鳴き声と誕生という言葉がどうにも結びつかない。
「ほら、見てごらん」
その人はバッグから実を取り出すと、それをパカリと割って見せたのである。
それには切れ目があるようで、大した力も込めずに容易く割れたのだった。
フカフカの身の中に収まりしは繊維にまみれた毛玉の塊。まるでマトリョーシカである。
実の外と内の実は、大きさが異なるだけの同じものに見えた。
「おや、おかしいな。では生き延びたのか。それならそれで、幸いだ」
そう言いながら、その人は小さい方の毛玉を地面へと埋めていく。
「命は、ひとつなくなるとこうして補充しなくてはいけない。でもこの実は空っぽだ。よかったよかった」
よく見ると木々は連なるように、遠くの遠く、そのまた遠くまで生えていた。
いつの間にか己が立っていたその場所は、果樹園のようにいっぱいの木々で満たされており、右を向いても左を向いても——、いや、どちらを向いても美しく整列した木ばかりとなっていたのだ。
そして木々は銘々に、様々な鳴き声を発しているのである。
気づくとそこかしこに手を伸ばし、何かの実を収穫する人々がいた。
彼らがどんな立場なのかは知らない。
だがいずれは自身も、この実の中に戻る日が来るのだということだけは、なんとなく判ったのだ。
「ここの仕事には慣れた?」
すれ違いざまに老婆が言った。
慣れるも何も、ここには初めて来たわけだが、彼女は「おや、エプロンの紐が解けかかっているよ」と言ったかと思うと、カゴを地面へと下ろして紐を結び直してくれたのだ。
気安い態度が、なんだかホッとする。
「ゆっくり慣れなさいな。あちらではウォンバットが収穫できるよ」
ウォンバット! 是非見たいものだ。
だがつまりそれは、どこかで一匹のウォンバットが命を落としたと言うことだ。
なんだか寂しくなってしまった。
「大丈夫、本人はなんにも覚えていないんだから。暫く実の中で休んで満足したら、そのうち生まれるさ」
ああ、これが輪廻というものなのか。
老婆に背中をポンポンと叩かれながら、命実る大地を踏みしめた。
樹木は風にサワサワと揺れていた。
今日もどこかで実の中に戻って微睡む命があって、生まれて鳴き声をあげる命があるのだろう。
あの世はそんなに悪いところではないのかもしれない。
おしまい。




