古い家
上のおばあさん。
土岐さんの家は。
赤山八幡様の近くにあった。
『土岐庵』も。
それなりに大きい家だったから。
てっきり。
そこだとばかり想ってた。
一色くんによると。
元々はここで。
お蕎麦屋さんを営業してたそうで。
30年ほど前に。
現在の場所で店を構えたんだって。
緑の生け垣に囲われた敷地は。
まあまあ大きくて。
平屋の木造家屋には。
増改築が施されていた。
曇りガラスの玄関を前にして。
胸をさする。
一色くんが。
引戸を開けると。
着物姿の土岐さんは。
あがりかまちに。
正座して待っていた。
驚いた私は。
慌てて頭を下げる。
「お邪魔します」
「よく、お越しくださいました。固くならなくていいですよ」
「上のばあちゃんが、いきなり座ってるからだよ、僕でも驚く」
「それは、失礼しましたね。大切なお客様は、こうしてお出迎えしたもんですからね……どうぞ、上がって下さい」
「は、はい。失礼します」
靴を脱いで。
床を踏むと。
ヒヤリと冷たい。
私はしゃがんで靴を揃えた。
「透。奥座敷にお通しして」
「分かった」
土岐さんは。
微笑みをたたえたまま、
お尻を浮かせ。
するりと立ち上がり。
廊下の奥に歩いて行く。
一連の立ち居振舞いが。
90歳を越えてるとは想えない。
美しいもので。
息をするのも忘れて。
見惚れていた。
「じゃあ、奥座敷はこっちだから」
「あ、はい」
一色くんが指差した先。
左手に続く廊下を進みはじめた。
足を一歩踏み出すと。
きぃ……
床板が鳴る。
その音をお供に進んで行く。
右側が。
障子で区切られた部屋が並んで。
左側は。
連なるガラス戸。
その向こうでは。
生け垣が日光浴している。
「立派なお屋敷だね」
「そう? けど、かくれんぼするには、もってこいなんだよ」
「へぇー、楽しそ」
「廊下の奥に隠し通路があったり、部屋の中に部屋があるっていうのかな、屋根裏部屋もあるし、隠れ放題だから、鬼は大変だよ」
「なんか。面白そう。ワクワクするね」
「いつだったかな、押入れに隠れて、寝ちゃってね。起きたら、両親が大騒ぎしてたよ、僕がいなくなったって」
「えっ? そんなことあるんだ」
「まあ、上のばあちゃんくらいじゃないかな、この家のこと分かってるの。現にその時、僕を見つけたのも、上のばあちゃんだった」
「ふーん」
木や畳の匂いが充満していて。
なんだろう。
どことなく涼しい。
「確か……ここだったかな……」
障子に手をかけた一色くん。
スーっと。
開けた瞬間に。
あの爽やかな。
ツンとする香りを。
吸い込んでいた。
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