芽吹きの季節
「おはよう、一色くん」
「一色くん、おはよ」
「おは、一色くん」
身支度を早々に済ませた私。
スマホを手にしながら。
部屋の中をうろうろしてる。
どんな挨拶がいいかなって。
シミュレーション中。
開け放った窓から。
心地よい風が。
ふんわりと。
レースのカーテンを波打たせた。
かすかに。
車のエンジン音が。
耳に届いて。
止まった気配。
窓辺に歩み寄ると。
ピコン。
スマホが鳴って。
『おはよう。今、家の前に着いたよ』
「おはよう。すぐ行くね」
レースのカーテンを引いて。
窓に手をかけながら。
落とした視線の先。
淡い光を反射させた。
黒の軽自動車が。
ハザードランプを点滅させていた。
とくんと。
跳ねた心臓と。
ゆるゆるな頬を。
噛みしめつつ。
窓を閉めて。
踵を返した。
ショルダーバッグを肩にかけ。
部屋を飛び出した。
両手でバランスを取りながら。
テンポよく。
階段を駆け下りる。
廊下を抜けて。
スニーカーに足を入れる。
トントンと。
つま先を打ち付けた。
落ち着いて。
行くよ菫。
「ふっ……」
小さく息を吐いて。
玄関の扉を開けた。
霞空の空気は。
ポカポカして。
しっとりとしている。
鍵を掛けて。
跳ねる足取りを連れて。
道路に出ると。
車の中。
一色くんの笑顔が迎えてくれた。
軽く手を振りながら。
ちょこちょこと駆け寄り。
助手席のドアを開けた。
「おはよう、相川さん」
心に沁み込む声。
「おはよう、一色くん」
ちゃんと。
笑ってる私。
座席に腰かけて。
シートベルト着けた。
「じゃあ、行くよ」
「うん。お願いします」
一色くんが。
ハンドルを握り。
動き出した車。
「相川さん、上のばあちゃんと会ったの、昨日がはじめてなんだよね?」
「うん。お蕎麦屋さんで」
「話ってなんだろうね、心当たりって、ないよね?」
「うん……あっ、でも、なんか私のこと、じーっと見てたかな……」
「じっと?」
「うん。名前とか、生まれは岐阜なの? とか聞かれたけど」
「ふーん。なんだろうね」
「うん……」
どうしようかな。
夢のこと。
話してみようかな。
信じてくれるかな……
さよのこと。
姫様のこと。
美鈴のこと。
「そうだ。昨日、聞きそびれたんだけど……今日は、午後とか予定あるの?」
「ううん。夜に幼馴染みのみんなと食事するくらい」
「幼馴染みか、いいね」
「一色くんは? 幼馴染みとかいないの?」
「僕の場合は、親戚かな。まあ、多すぎるけど、同い年も何人かいたから、子供の頃は、よく遊んでたけどね」
「今は?」
「まあ、僕が東京に出たのもあるし、あんまり会ってないかな、昨日の墓参りで久し振りに顔見たしね」
「親戚多いと大変そうだね」
「それはある、声かけられても、誰だか分かんないとか、あったからね」
「私なら、覚えられない自信はある」
「ハハハ、僕だって多分、半分以上……いや、もっとかな、覚えてないよ」
「そうなの?」
「お久しぶりです、おじさん、おばさん。まずこれだけ言っとけば大丈夫。長年の親戚付き合いで、培った技かな」
「フフフ。そっか。ほとんどが、そうなるのか」
「そういうこと。じゃあ、幼馴染みと会うまで、一緒にいれるかな?」
「はっ……はい」
変温動物かなって。
想えるくらいに上がる体温。
分かりやすい私。
「行きたいとこあるんだけど、そこでもいい?」
「うん」
「どこ?」
「それは、後でのお楽しみ」
微笑む一色くんの横顔に。
淡い光と。
建物の影が。
交互に流れていった。
お読み下さりありがとうございます。
感謝しております。




