交感 姫と龍笛《りゅうてき》
「わぁー!」
やけに騒々しい。
ライブかな?
それとも。
何かの試合の歓声?
「おっー!」
にしては、野太い声。
ん?
焦げ臭い。
火事!?
ハッとして体を起こして。
目を開ける。
!
薄暗い部屋の中。
ぼんやりと淡い光に包まれた。
見たこともない板張りの空間。
ここは!?
胸元に手を当てたら。
服の肌触りに違和感。
襟元を整える。
え?
浴衣……
じゃない。
手を上げて。
揺れる袖。
着物?
布団もぺらぺら。
扉は襖。
「姫様。目覚められました」
ビクッ。
不意に背中越しに。
低く押さえられた男の声が襲う。
姫様?
私は菫だけど……
なに?
「秀之助ですか」
え?
私は話そうとしていないのに。
喋った。
しかも。
声色は私なんだけど……
この状況って。
一体どういうこと?
ゆっくりと座ったまま振り向くと。
一人の男が胡座をかいて。
恭しく頭を下げていた。
時代劇で見たことあるよう。
薄手の鎧を身に付けている。
でも。
男の気配は全く感じなかった。
「はっ。織田方が、夜明けと共に戦を仕掛けて参りました」
「左様ですか」
「某が姫様を伊勢まで案内つかまつります」
「父上と母上は?」
秀之助は一層、頭を深く沈めた。
「わたくしだけが、落ち延びるわけには……」
「いえ。土岐源氏の血を絶やしてならぬと殿の……お父上様からの厳命でございますれば……」
私は……
ううん。
正確には姫様が、枕元の扇子を手に取る。
「血筋ですか……」
「お早くお支度を」
「秀之助。そなたの龍笛、一番、所望したい」
「今? でございますか?」
「ええ。お願いです」
「はっ」
秀之助は深く頭を下げると。
体を起こして。
視線は伏せたまま。
流れるような手つきで。
懐から濃い茶色の笛を取り出した。
はちまきを頭に巻いて。
男の人なのにポニーテール。
顔立ちは美しく。
まだ、少年のような面影を残している。
龍笛を横に構えた姿は美しかった。
あっ……
鼓動が早い。
秀之助から逸れることのない眼差し。
笛の清らかな高音。
伸びて透き通るような。
ゆったりとした音色が。
聞こえているはずの。
騒々しい声すら打ち消していた。
目を閉じて。
姫様の想いが。
想い出がよみがえる。
ホーホケキョ……
草木の青々とした香り。
屋敷の庭の片隅。
穏やかな木漏れ日の下。
目の前にいる秀之助は子供。
姫様は今みたいに。
高鳴る胸はそのままに。
手には龍笛を握りしめている。
「秀之助。これを使わす」
秀之助の胸元に龍笛を押し付ける。
「姫様、いけません。某のような者に、大切なお婆様の形見ではないですか」
「いいのです。わたくしはちっとも上手くならないの」
ぐっと胸を押すと。
秀之助の手が龍笛を握った。
姫様は咄嗟に手を離す。
「姫様……」
「よいと申した。『越天楽』を聞きたい。しかと励め」
「は、はい」
両手で龍笛を握りしめた秀之助。
その顔は、気色ばんでいた。
「よいな。父上の言いつけ通り。わたくしを守って下さい」
口調は平然としているけど。
心臓は。
全速力で走ったかのように拍動している。
そして。
熱を持った顔。
「はっ!」
凛々しい声を伴って。
秀之助は頭を下げた。
着物の袖を握った両手で。
緩んだ口許を隠す。
ん?
足の親指がくすぐったい。
覗き込んだ視線の先。
紋白蝶が羽を休めていた。
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