見てる
冷やしたぬきそばのことを考えていたら。
余計に?
お腹が空いてきて。
自転車を漕ぎながらも。
グー、グー。
と。
お腹は悲鳴を上げていた。
土岐庵はすぐに分かった。
紺地に白い文字で。
土岐庵と書かれた幟が。
店先ではためいていたから。
店の脇の細い路地に自転車を止めていると。
出汁醤油の香りが。
さらに刺激してきた。
店構えは。
黒みを帯びた濃い青のタイル張りで。
引き戸の出入り口は。
曇りガラスで。
表面に木で装飾された。
直線的な幾何学模様が施されていた。
幟と同じ配色の。
暖簾をくぐった志帆が。
がらがらと扉を開けた。
「いらっしゃい」
品の良さそうな女性の声が向かえてくれた。
白い頭巾を被り。
白いエプロンをして。
ニコニコと微笑んでいた。
「二人です」
「空いてる所、どこでもどうぞ」
店内は意外に広くて。
ざっと見渡しただけでも。
4人がけのテーブル席が6つあって。
食事時じゃないのに。
その半分は埋まっていて。
一番奥には。
カウンター席まであった。
私たちは。
真ん中の壁際のテーブル席に。
向かい合って座る。
さっきの女性が。
お冷やとおしぼりを持ってきてくれた。
「注文お願いします。冷や2玉と揚げ増しで。菫は?」
「えーと。冷や2玉とネギ増しで」
「お二人とも、冷や2玉で、揚げ増し一つにネギ増し一つでよろしいですか?」
「はい」
「少々。お待ちください」
女性がテーブルを離れると。
志帆が顔を突き出して。
私を手招いた。
ん?
首を傾げながら。
顔を近づけると。
「若い男の子いなそうだね」
「あ、うん」
「学生なら春休みで、お店とか手伝うかなぁって、想ったんだけど」
「へえ。志帆はすごいな。そんなことまで考えてたの?」
「志帆様にかかれば、朝飯前よ。あっ。昼飯前か」
鼻にシワを寄せて。
くしゃっと笑う志帆。
「厨房も、みんな女性だったしね」
「え? お見逸れしました」
へー。
いつの間にチェックしたんだろ。
「なんか、そんなに感心されると、ちょっぴり嬉しい」
「だって、すごいと想うよ」
「そっか。やっぱり菫といると楽しい」
「え?」
志帆は姿勢を正して。
おしぼりで手を吹いて。
お冷やに口をつけた。
「ふぅ。ん~。上手く言えないけどさ、亜季は勉強も出来てしっかり者、岡田は剣道一直線でなんだかんだ男で頼りになる。菫はテニスに一生懸命情熱を費やして。どんな時でも変わらないでいる」
ちょっと真顔の志帆。
「どしたの?」
「あー。ほら、4人の中でさ、私だけとりとめて何かを頑張ってる訳でもないし……いや、明日の送別会もあるし、しんみりしちゃうのは、私に似合わないけどさ……」
「いいよ。別に」
私は微笑んで。
両手で頬杖をつく。
志帆は。
小さく舌を出した。
「今日、数時間だけど二人でさ、一緒にいてさ、そう言えば、二人だけで会うって久しぶりだなって」
「うーん。確かに」
「でね、大概、菫と二人で会ったのって、私が振られて落ち込んでる時だったんだよね」
「そうだっけ?」
私の声に。
志帆は。
すっと。
口角を上げた
「そういうとこも含むてさ、別にね、亜季と岡田がどうこう言うんじゃなくて。菫は菫のまんまでいて欲しいなって……東京に行っても」
「私は。志帆もすごいと想うけど。恋愛のことにしたって、今日のことだってそうだし、私のために一緒にいてくれて。自分の想いを言葉に出来るのだって」
「そう……?」
「うん。そう」
一つうなずいた志帆は。
椅子にもたれ掛かった。
「正直。菫が東京に行くって知ったときさ、寂しかった。気軽に会えなくなるなって」
「そっか」
「うん。そうだった。今でもかな。だから、私は会いに行くからね」
「えへ?」
「月に一度くらいかな、私はまだ実家暮らしだし、バイトでお金作って、ほら、菫のとこ泊まればホテル代かからないし」
私を見つめたまま。
顔の横に。
人差し指をかざして。
コクリと。
首を傾ける志帆。
「全然いいよ。でも、志帆のことだから、恋したら私どこじゃなくなるよ」
志帆を指さして。
くるくると。
指先を回す。
「ああ、痛いとこ。それ」
志帆は。
何かに撃たれたように。
胸に両手を添える。
「いいよ。失恋したら、東京おいで」
「え? そこは帰って来るとこじゃない?」
見つめ合いながら。
ケラケラと笑う。
「お待たせしました」
あの女性の声がして。
「おやおや、楽しそうだね」
すらりとした年配の女性と2人で。
料理を運んで来てくれた。
「こちらが、揚げ増しです」
「こっちが、ネギ増しね」
くすんだ茶色の丼。
底にたゆたう。
漆黒の濃口醤油の出汁の中に。
たんまりと蕎麦が横たわって。
クリーム色の天かすに。
たっぷり醤油がしみた油揚げ。
斜め切りのネギが山盛り。
あっ。
ここは茄子の煮浸しも乗ってるんだ。
「うわ。美味しそう」
箸を手に。
両手を合わせる。
「だね」
ん?
視線を感じる。
横を向くと。
年配の女性と目が合った。
大きく見開かれた瞳に驚いたけど。
すぐに。
目尻に深いシワを寄せて。
とても穏やかな微笑みが浮かんだ。
家のおばあちゃんより年上かな?
「お客様たちは、観光ですか?」
「いいえ、地元です」
即答の志帆。
「ほう。そうでしたか。やはり岐阜は、かわいい子の宝庫やな」
志帆と見つめ合う。
顎を突き出して笑う志帆。
私は唇を食んだ。
「でも、お客さんたち初めてやな、お家は遠いの?」
「私も菫も津島町。同級生にたまたま聞いて。ね?」
「あ、はい。冷やしたぬきそばの美味しいお店があるって」
「そうですか、そしたら、これからご贔屓に」
年配の女性は畏まって。
一礼すると。
微笑みをたたえたまま。
厨房の方へ歩いて行った。
「さ、食べよ食べよ」
「うん」
箸で軽く具をかき混ぜて。
蕎麦にワサビをちょっと付けて。
そこを箸でつまんで。
すする。
ツン。
ワサビが鼻を抜けて。
こってりの濃口醤油の出汁をまとった蕎麦が。
口の中で。
香ばしさと共に広がる。
その中に。
追い天かすして。
サクサクプラス。
「おいしい!」
重なった声に。
志帆と微笑み合う。
ん?
射るような視線を感じる。
蕎麦をすすりながら。
目だけを動かすと……
あっ。
年配の女性が。
こっちを見ている。
けど。
その表情からは。
さっきの笑みは消えていて。
どこか……
そう。
哀しそうな。
気がした。
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かんしゃしております。




