破片
鼻をすすり。
一人雨模様の私を。
一色くんは。
ただ。
何も言わずに。
隣にいてくれた。
急に流れ出した。
涙の理由なんて。
分からない。
むしろ。
自分自身が。
一番戸惑っていたりする。
ああ。
頭が痛い……
せっかく。
一色くんに会えてるのに。
泣き張らした顔になるね……
そっと。
バッグの中から。
ハンドタオルを取り出して。
それで顔を覆う。
ふわりと。
さらりとした感触に。
顔をうずめる。
「ふぅー」
タオルを握りしめた手を。
腿の上に置いて。
顎をあげる。
通りすぎる風が。
枝葉を撫でる度に。
キラリ。
キラリと。
合間で光の粒が踊っている。
「相川さん、大丈夫?」
「うん。ごめんね」
「いや、僕の方こそ、その気が回らなくて」
「ううん。そんなことないよ。とても、その……心が、ううん、魂が震えたみたいになって」
「そう。ありがとう。やっぱり、相川さんはロマンチストだね。それに……」
「ん?」
思わず見た。
一色くんの顔。
目尻を下げて。
目を細めた。
「変わってないね」
その微笑みに。
「一色くんもだよ」
笑顔で応えた。
「そう、さっきのは練習だから、龍笛だけだけど、例大祭では他の和楽器も加わるから、楽しみにしといて」
「うん。分かった」
「もっと話していたいけど、そろそろ行くね。準備とか、色々あるし」
腕時計を一瞥して。
一色くんは立ち上がった。
「あ、そうなんだ。大変だね」
「準備自体は、さほど時間はかからないんだけど、墓参りに行くからさ」
「そっか」
「それじゃあ」
「うん、夜見に行く」
「あれ? 相川さんは帰らないの?」
「あ、うん。もうちょっとだけいようかなって」
「そっか。じゃあ、また後で」
「うん。また、後で」
片手を挙げた一色くんに。
胸の前で。
小さく手を振った。
遠ざかる。
一色くんの背中。
あの頃は。
ただ。
見送ることしか出来なくて。
声にすら。
乗せることの出来なかった。
想いの欠片。
今は。
見送っても。
続きがある。
あっ。
公園から出る直前。
一色くんは振り返って。
片手を大きく振ってくれた。
私は。
両手を振り返す。
表情は。
分からなかったけど。
笑ってくれてるような。
気はしたよ。
ショルダーバッグから。
鏡を取り出して。
目が腫れた顔を見て。
苦笑い一つ。
こんな顔見せちゃったんだ。
「はぁ……」
首をかしげて。
鏡をしまう。
ここ数日見た夢。
志帆が言うように。
私の前世だとしたら。
一色くんとの出会いには。
ううん。
再会には。
きっと。
意味がある。
美鈴と仙次郎の夢の行方は。
わからないけど。
姫様と秀之助。
さよと通春。
二つの夢を想うと。
嫌がおうにも。
ハッピーエンドではないように感じる。
確か。
美鈴の時代は。
太平洋戦争開戦前。
だし……
私たちは。
どうなるのかな……
涼やかな風が。
頬を撫でて。
地面のまだらな光たちが。
チラチラと揺れる。
ん?
でも。
ラブレターは。
いったい……
誰が書いた。
の?
文字は……
そう。
跳ねに特徴があって。
通春や秀之助。
土岐くんが。
この公園で地面に書いた。
『君が好きでした』。
何かが。
しゅわっと。
弾けて。
むず痒さに。
胸をさする。
「ふぅ……」
あの文字たちは。
明きらかに似ている。
あとは。
土岐仙次郎の土岐という苗字。
それに。
美鈴の香袋の匂い。
土岐くんがくれた小瓶のもの。
通春からも漂っていた。
あっ。
さっき。
かすかに。
一色くんからも。
同じ匂いがした。
あー。
一色くんに。
何か書いてもらえばよかったかな。
ベンチの端を。
両手でつかんで。
大きく息を吐いた。
ピピッ、ピピピッ……
甲高く澄んだ声がして。
足元にやって来た一羽の小鳥。
淡いグレーの体が。
木漏れ日の光に当たると。
鮮やかに透けて見えるよう。
黒く大きな瞳が愛らしく。
ちょんちょん。
ちょこちょこと。
跳ね歩き。
細いくちばしで。
地面をつついては。
を繰り返す。
ピピピッ……
ふわっと。
空気が流れ始めて。
囀りが。
風を呼んだみたいに。
空を一瞥した小鳥は。
羽を震わせ。
空へと舞い上がった。
その姿を追っていたら。
木漏れ日の破片が。
目に刺さって。
顔を背けた。
子供たちの喧騒と。
梢の囁きの中に。
ザッ、ザッ……
紛れた足音が近づいて来た。
ん?
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