越えるも越えないも
待ち合わせか……
誰とかな。
なんて。
聞けないよ。
ね。
コンニャクみたいに。
ぐにゃぐにゃしてる。
会えてること。
話してること。
夜の約束や連絡先の交換。
ラブレターのこと。
待ち合わせの相手のこと。
でも……
強ばった肩を。
持ち上げて。
ストンと。
下ろす。
気持ち口角を持ち上げて。
「肩透かしって……?」
出来る限りの。
平静を装った。
つもりの声色は。
少し。
よそ行きの明るさを帯びていた。
「ん? ああ、これも長くなるかな」
人差し指で。
こめかみをこすりながら。
首をひねる一色くん。
「そもそも、僕が約束の時間に遅れてね」
「そう……なの?」
「12時に待ち合わせしてたんだけど、新幹線がトラブルで1時間、遅刻してね」
「うん」
「遅れるって連絡したら、待ってるって言うから、来てみても」
一色くんは。
お手上げのポーズ。
「え? 着いてから、連絡したの?」
「うん。相川さんと会う少し前に、メッセージは送ったよ。でも、返信はなし」
「そっか……」
「まあ、そのお陰で、こうして相川さんと会えて、話せてる訳だから、新幹線が遅れたことと、待ち合わせ場所を選んだ、あいつに感謝しないとね」
「……うん」
あいつに?
とても親しみを含んだ。
響きだった。
友達……
かな?
一色くんのイメージからして。
女子をあいつって。
呼ぶとは想えない。
でも。
私が知らないだけで。
親しくなったら。
そう呼んでるのかも。
「あ、……」
「そう……」
言葉はぶつかったけど。
微笑みは重なって。
「相川さんから」
「ううん」
一色くんに向けて。
手を差し出した。
「じゃあ、ここが、散歩コースってことは、相川さんは、この近くに住んでるの?」
「うん。もう少し川の方に行った津島町」
「なら、遊び場だったのかな」
「ま、そうかな。昔はもっと遊具とかあって、池とかゲートボールの広場があったり」
チラリと脳裏を横切る。
土岐くんとテニスをして。
遊んだこと。
「ふーん。そうなんだ。僕はあまり外で遊ばなかったんだ」
「その、龍笛とか習ってたの?」
「ああ、龍笛は楽師を目指すようになってからかな。小さい頃はフルートとかピアノかな。母親がフルート教室やってたからね」
「へえー。すごいね。ん? でも、どうして楽師になろうと想ったの? それにうちの高校、吹奏楽とか盛んじゃなかったのに」
「ハハハ」
突然笑い出す一色くん。
「ん?」
「ああ、ごめんね。相川さんが、変わってなくて、あの頃のままで……懐かしくなったというか……」
「それは、私もかな。雰囲気で分かったし」
「そっか」
視線が交わって。
微笑みがこぼれた。
「そもそも、音楽は趣味程度だったから。でも、中学3年の正月に初詣に行った時、雅楽を聞く機会があってね」
「うん」
「そこで、あの、なんとも言えない。厳かな音色が頭からはなれなくて。それでね、高校1年の時、楽師の一般公募を見つけて、飛びついたって感じかな」
「ふーん。そうなんだ。よっぽど印象に残ったんだ。早く聞いてみたいな。一色くんの演奏」
「ああ、練習の動画ならあるから、聞いてみる?」
「うん!」
「じゃあ……」
一色くんは。
私に見えるように。
二人の間で。
スマホを横にした。
私は。
少し覗き込むように。
一色くんの方へ屈む。
ちょっと。
近いかも。
爽やかな香りが。
鼻先を抜ける。
ん……?
「流すよ」
「お願いします」
画面の中。
こっち向きの一色くん。
龍笛を構えて。
わっ。
きれい……
目を閉じた一色くんの。
少し肩が上がって。
ピー……
鳥の澄んだ囀りのような。
伸びやかな高音が。
ゆったりと旋律を調べていく。
しなやかな指先が。
伸びては。
曲げては。
一色くんの呼吸が。
そのまま。
音色になっているみたいで。
心地よい。
ぴーんと。
心に電気が走る。
あっ。
知ってる。
聞いたことある……
気がした。
長いようで。
短かった動画。
演奏している。
一色くんの一挙手一投足に。
ただ。
うっとりと。
見惚れていながらも。
既視感のような。
懐かしさの居所を探していた。
パチパチ……
ささやかな私の拍手が。
柔らかな空気に溶けた。
「ありがとう」
「これは何て言う曲なの?」
「これは『越天楽』という伝統のあるものだよ。まさにこれが、楽師を目指すきっかけになった曲なんだ。」
「『越天楽』……」
そう。
夢だ。
姫様が秀之助に龍笛を渡して。
あの落城の日に。
姫様のために。
秀之助が吹いたのが……
越天楽。
それに。
通春の龍笛の音に惹かれた。
さよが耳にしていたのも。
越天楽。
あっ!
美鈴が仙次郎から。
プロポーズされた時。
かすかに届いていた。
祭り囃子の中で流れていたのも。
越天楽。
「相川さん、どうかした?」
「あ、うん。私も懐かしく想ったの。私自身は、ちゃんと聞いたの初めてなのに……」
溢れてきた想いを。
必死で指で拭っていた。
「相川さん……?」
「聞かせてくれて、ありがと……」
はにかんで見せたけど。
木漏れ日の中の。
一色くんの顔は。
滲んで揺らめいていた。
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