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想いの行方  作者: ぽんこつ


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32/34

交感 繕う

「痛っ……」

指先に鋭い痛みが走って。

浮き出てくる赤い液体。

もう……

指先をくわえる。

もう少しなのに。

縫い針を針山に刺す。

畳の上の絆創膏を手にとって。

血が出た箇所に巻きつける。

電球の黄色い光が。

絆創膏に滲む血を浮かび上がらせる。

「ああ……」

左手の指は絆創膏だらけ。

こんなことなら。

もっと。

お裁縫習っておくんだった。

ボーン。

振り子時計が時を知らせる。

もう日付が変わってしまった。

時間がない。

明日の朝に仙次郎さんは。

配属先に旅立たれてしまう。

私は縫いかけの紺の生地を手に取った。


今作っている香袋に。

私の祈りを縫い込んでいる。

二羽のつがいの丹頂鶴の刺繍。

鶴は一度見初めた相手と生涯を共にする。

だから。

私と仙次郎さんも。

そうありますようにと。

もちろん。

ご無事のご帰還も。

私が差し上げられる。

精一杯のもの。


でも。

本当はね……


私は寝巻きの衿元をただして。

そっと指先で唇に触れる。

さっき。

ううん。

もう昨日。

嫁入り前に。

はしたないことだけど。

私は――

私から。

仙次郎さんと口づけを交わした。

そう。

操を捧げたかったの。

正真正銘。

仙次郎さんの支えになりたいと。


だけど。

仙次郎さんは。

ご自身が戻って来てからって。

頑なに。

受け入れて下さらなかった。

それでも。

駄々をこねる子供のように。

しがみついていたら。


まるで。

私を諭すように。

ご自身を。

宥めるように。

こう話された。

「美鈴さんの想いは、伝わっています。女性の美鈴さんが恥を忍んだ覚悟に、今、応えられない自分が情けなくもある」

「海兵、海軍兵学校には五省ごせいという教えがあるんだ」

「一つ、至誠しせいもとかりしか。

一つ、言行に恥づる勿かりしか。

一つ、気力にくる勿かりしか。

一つ、努力にうらみ勿かりしか。

一つ、不精ぶしょうわたる勿かりしか」

「僕ら生徒は、この教え、誓いを規範とするんだ。だから、今、その、美鈴さんを……ごめんね」

穏やかな声色で。

ただ。

慈しむように。

抱きしめてくれていた。


そんな。

仙次郎さんを。

私はますます。

そう。

惚れ直してしまって。

体と心を冷ますのに。

ううん。

また完全には。

収まってはいないけど……


だって。

仙次郎さんが。

海軍に進まれた動機が。

私だったなんて。

それは。

昔から。

仙次郎さんも。

私のことを想って下さっていたということだから。

ほつれ髪を耳にかけた。


いけない。

物思いに耽ってしまって。

私は針山から縫い針を摘まむ。

この鶴の刺繍が出来れば。

あとは。

中身の調合した粉末を和紙にくるんで袋に入れたら完成。

粉末はいくつも和紙にくるんだものを用意して。

平たい缶の中に詰め込んだ。

お早いお帰りを望んでいるけれど。

あれなら。

何年も持つと祖母が教えてくれた。


肝心の香には楠と柚子を使う。

祖母の話だと楠には心を落ち着かせる効果があるという。

柚子を選んだのは。

仙次郎さんが。

みかんが好きだから。

同じ柑橘類でも。

より香が立つから柚子にした。

よし。

「出来た……」

つがいの鶴が首を交差しているように。

見える……?

見えます。

和紙にくるんだ香の元を袋に詰め込んだ。

私の代わりに。

仙次郎さんのそばで。

一緒に戦い。

お守りするために。


新聞やラジオは、

アメリカとの戦争も近いと報じている。

むしろ。

国民誰しもが。

アメリカとの戦争を望んでいる。

村の人たちも。

戦争が始まったら。

景気が良くなると喜び勇んでいた。


私は仙次郎さんが。

華々しい武勲をあげられ。

そして。

お戻りなった暁に。

夫婦めおとになれる日を――

そっと。

香袋を胸に抱きしめた。

私のぬくもりも。

閉じ込めて。


――また。

夢だ。

いったい。

この夢たちはなんだと……

言うの……

かな……

お読み下さりありがとうございます。

感謝しております。

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