交感 繕う
「痛っ……」
指先に鋭い痛みが走って。
浮き出てくる赤い液体。
もう……
指先をくわえる。
もう少しなのに。
縫い針を針山に刺す。
畳の上の絆創膏を手にとって。
血が出た箇所に巻きつける。
電球の黄色い光が。
絆創膏に滲む血を浮かび上がらせる。
「ああ……」
左手の指は絆創膏だらけ。
こんなことなら。
もっと。
お裁縫習っておくんだった。
ボーン。
振り子時計が時を知らせる。
もう日付が変わってしまった。
時間がない。
明日の朝に仙次郎さんは。
配属先に旅立たれてしまう。
私は縫いかけの紺の生地を手に取った。
今作っている香袋に。
私の祈りを縫い込んでいる。
二羽のつがいの丹頂鶴の刺繍。
鶴は一度見初めた相手と生涯を共にする。
だから。
私と仙次郎さんも。
そうありますようにと。
もちろん。
ご無事のご帰還も。
私が差し上げられる。
精一杯のもの。
でも。
本当はね……
私は寝巻きの衿元をただして。
そっと指先で唇に触れる。
さっき。
ううん。
もう昨日。
嫁入り前に。
はしたないことだけど。
私は――
私から。
仙次郎さんと口づけを交わした。
そう。
操を捧げたかったの。
正真正銘。
仙次郎さんの支えになりたいと。
だけど。
仙次郎さんは。
ご自身が戻って来てからって。
頑なに。
受け入れて下さらなかった。
それでも。
駄々をこねる子供のように。
しがみついていたら。
まるで。
私を諭すように。
ご自身を。
宥めるように。
こう話された。
「美鈴さんの想いは、伝わっています。女性の美鈴さんが恥を忍んだ覚悟に、今、応えられない自分が情けなくもある」
「海兵、海軍兵学校には五省という教えがあるんだ」
「一つ、至誠に悖る勿かりしか。
一つ、言行に恥づる勿かりしか。
一つ、気力に缺くる勿かりしか。
一つ、努力に憾み勿かりしか。
一つ、不精に亘る勿かりしか」
「僕ら生徒は、この教え、誓いを規範とするんだ。だから、今、その、美鈴さんを……ごめんね」
穏やかな声色で。
ただ。
慈しむように。
抱きしめてくれていた。
そんな。
仙次郎さんを。
私はますます。
そう。
惚れ直してしまって。
体と心を冷ますのに。
ううん。
また完全には。
収まってはいないけど……
だって。
仙次郎さんが。
海軍に進まれた動機が。
私だったなんて。
それは。
昔から。
仙次郎さんも。
私のことを想って下さっていたということだから。
ほつれ髪を耳にかけた。
いけない。
物思いに耽ってしまって。
私は針山から縫い針を摘まむ。
この鶴の刺繍が出来れば。
あとは。
中身の調合した粉末を和紙にくるんで袋に入れたら完成。
粉末はいくつも和紙にくるんだものを用意して。
平たい缶の中に詰め込んだ。
お早いお帰りを望んでいるけれど。
あれなら。
何年も持つと祖母が教えてくれた。
肝心の香には楠と柚子を使う。
祖母の話だと楠には心を落ち着かせる効果があるという。
柚子を選んだのは。
仙次郎さんが。
みかんが好きだから。
同じ柑橘類でも。
より香が立つから柚子にした。
よし。
「出来た……」
つがいの鶴が首を交差しているように。
見える……?
見えます。
和紙にくるんだ香の元を袋に詰め込んだ。
私の代わりに。
仙次郎さんのそばで。
一緒に戦い。
お守りするために。
新聞やラジオは、
アメリカとの戦争も近いと報じている。
むしろ。
国民誰しもが。
アメリカとの戦争を望んでいる。
村の人たちも。
戦争が始まったら。
景気が良くなると喜び勇んでいた。
私は仙次郎さんが。
華々しい武勲をあげられ。
そして。
お戻りなった暁に。
夫婦になれる日を――
そっと。
香袋を胸に抱きしめた。
私のぬくもりも。
閉じ込めて。
――また。
夢だ。
いったい。
この夢たちはなんだと……
言うの……
かな……
お読み下さりありがとうございます。
感謝しております。




