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想いの行方  作者: ぽんこつ


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31/35

交感 覚悟

蝉の声も途絶えてきて。

カナカナカナ……

ヒグラシが夜を誘い出す。

私は。

とっておきの服に身を包む。

紺地に白の水玉模様のワンピース。

襟元と袖口の白い刺繍が宛がわれている。

髪は三つ網に。

お化粧は。

白粉を薄くのせて。

唇に紅を塗る。

いつもより丁寧に。

鏡に映る顔が。

少し女らしく。

艶かしく見えて。

とくん。

心臓が優しく跳ねる。

結婚式が日延べとなった私たちの為に。

お互いの両親が。

レストランを予約してくれた。

これから。

2人で。

デートです。

「お姉ちゃん、きれいだな」

幸一が鏡の中に現れた。

「ほんとだ。仙次郎兄ちゃんも、惚れ直すぞ」

知吉が私の三つ編みを。 

ぽんぽんと手で弄ぶ。

「こら。二人ともお姉ちゃんをからかうの?」

「違うよ、お姉ちゃん楽しそうだなったて」

「そうそう。ずっとニヤニヤしてるし、顔赤いぞ」

「もう! 幸一! 知吉!」

「わぁー!」

「逃げろー!」

二人は声を上げて。

部屋を出ていった。

「ふう……」

私は肩を落とした。

ボン、ボン、ボン、ボン。

振り子時計が呼ぶ。

「いけない」

約束の時間。

私は白いハンドバッグを手に取って。

パタパタと。

玄関へと急ぐ。

「もう忙しい子だね」

「お母さん。行って参ります」

「気を付けて。楽しんできなさい」

「はあい」

床に腰かけて。

白のストラップシューズを履いて。

足の甲の部分のベルトを。

カチッと止めた。

がらがらがら……

昼の名残りの暑さの中。

涼やかにそよぐ風が。

スカートをふわりと持ち上げる。

タンタンタン。

弾ませた足音を引き連れて。

ほんのり赤く染まる。

路地に出たら。

「やあ」

清々しい声が迎えてくれた。

「お待たせして、ごめんなさい」

「いえ、構いませんよ」

目尻にシワを寄せる仙次郎さん。

夕焼け色に照らされている。

糊の効いた白いワイシャツに。

淡いグレーのスラックス。

ピカピカに磨かれた黒い靴。

スッと。

近寄って来られて。

「じゃあ、行きましょう」

「はい」

あっ。

仙次郎さんは。

そっと。

私の手を取った。

大きなぬくもりが。

安心と。

ときめきと。

恥じらいを呼び起こす。

「みんなに見られます」

「許嫁。つまり婚約者同士なんだから。今日ぐらいいいでしょ。それとも、困りますか?」

「いえ、嬉しいです」

「僕もです」

かーっと。

私の顔も夕焼け小焼け。


手はずっと繋がれたまま。

バスに揺られてやって来た繁華街。

赤レンガの壁のレストラン。

私はステーキを初めて口にした。

ナイフとフォークが上手に使えなくて。

悪戦苦闘したら。

仙次郎さんが切り分けて下さった。

柔らかな肉の味もさることながら。

仙次郎さんと。

二人きりで。

食事が出来たのが。

何よりのご馳走。


食後のデザート。

フルーツポンチを口に運ぶ。

桃の甘さを噛みしめていると。

不意に仙次郎さんは。

白い封筒をテーブルに置かれた。

「これは? 何ですか」

表には『海軍省』と堂々とした文字が記されていた。

「辞令です。僕の赴任先が決まったんです。美鈴さん、中を見てみて」

「あっ。はい」

両手を伸ばして。

手に取ると。

普通の封筒より。

少し厚みがあるようで。

しっかりとしている。


封筒の口を開けて。

中身を指先でつまむ。

ざらりとした触感がして。

ゆっくりと。

引き抜いた。

出てきたのは。

三つ折りの生成り色の和紙。

それを広げると。

かすかに。

朱肉と墨の匂いが鼻腔に届いた。

赤い枠線で囲まれた中に。

達筆の黒い毛筆が踊っていた。


『海軍少尉候補生  土岐仙次郎

海軍少尉に任官する

第二航空戦隊司令部附に補する


昭和十六年七月七日


内閣総理大臣 公爵 近衛文麿

海軍大臣 海軍大将 及川古志郎』


偉い人の名前。

すごいことなのだろうけど。

よく分からない。

「そこにある第二航空戦隊と言うのは、聯合艦隊の空母の部隊なんだ」

「くうぼ?」

顔を突き出して。

首をひねる私。

「そう、戦闘機を搭載した船で。第二戦隊の司令長官であられる山口多聞少将の部下なんだ。僕の憧れの人で、希望通りの配属先なんだ」

「そうなんですね。おめでとうございます。仙次郎さん」

「ハハハ、ありがとう美鈴さん。いまいちピンとこないだろうけど。知っておいてほしいから」

「はい。少尉閣下」

私はおどけて敬礼をする。

仙次郎さんは。

背筋を伸ばして。

微笑みを湛えたまま。

すっと。

右手をかざした。


楽しい時間は過ぎるのが早い。

夜も更けて。

満開の星屑。

煌々と浮かぶ満月。

外灯よりも明るい月明かりが。

辺りをぼんやりと青白く映し出す。

りー、りー……

鈴虫の音が寄り添う。

村のバス停から。

家までの道すがら。

私の手は。

しっかりと優しさに。

捕まえられている。

「美鈴さん。僕が海軍を目指した理由、何だと思う?」

「それは、仙次郎さんは英明でいらっしゃるから、秀才なら、江田島か帝大を目指されるのが世の常と耳にしましたけど」

「それ、僕の父の口癖でしょ?」

「あ、はい。ごめんなさい。お国のためでしょうか?」

「もちろん。それもあります。日本男児たるもの。天下国家のためにというのはね」

「他にもあるのですか?」

「ええ。一番の理由は、美鈴さん。あなたを守りたいからです」

「え……!?」

ハンドバッグを握った手を。

胸に引き寄せて。

思わず立ち止まる私。


「脅す訳じゃないけど、アヘン戦争時の記録を読んだことがあってね」

「はい」

「イギリスに侵略された清国の人々に起こった惨劇、女性たちはイギリス兵に凌辱され、ある場所では貞操を守るため、女性たちは集団自決したという」

ぐっと。

つないだ手に。

力が入った私。

仙次郎さんは。

つないだ手を持ち上げて。

もう一方の手で。

私の手を包み込んだ。

「怖がらせてしまったね。けどね。これが、戦争の実態なんだ。だから、僕は美鈴さんを守るために海軍を選んだ」

上目遣いに見た。

仙次郎さんの瞳は。

艶やかに潤んでいた。


「大丈夫。そんなことにはならない。我が大日本帝国の軍隊は強いから」

「はい」

「ただ、僕の想いを伝えたくて。どれだけ美鈴さんが、そ、その好きかということを……」

言い澱む。

仙次郎さんが。

愛おしくて。

たまらなく。

少し。

かわいらしくて。


私は――

踵をあげて。

唇を重ねていた。

初めての感触。

柔らかくて。

あたたかい。

はしたないとか。

恥ずかしいとか。

なかった訳じゃないけど。

仙次郎さんの想いや言葉。

そして。

軍人になられた行動に。

私が応える。

精一杯だった。

ふわりとした気分に。

足がとろけてしまいそうで。

私の腰に回った仙次郎さんの手が。

ぐっと。

抱きしめてくれて。

重ねた唇は。

吸い付いて離れない。

お互いの鼻息が。

顔にかかって混ざる。

何度も。

何度も。

交わす口づけ。

つないだ手はそのままに。

呼吸は乱れて。

鼓動は壊れて。

体は溶けそうに熱い。

いつしか。

このまま――

そう。

ただ。

仙次郎さんを求めていた私。


すっと。

顔を引かれた仙次郎さん。

私は。

仙次郎さんの唇と瞳を交互に見つめて。

仙次郎さんの胸に寄りかかった。

私と同じくらい。

駆け足な心臓の音が耳に届く。

「美鈴さん、帰りましょう」

私は小さく首を振る。

「……嫌です」

ふり絞って出した。

かすれた声。

「美鈴さん?」

私は仙次郎さんにしがみつく。

りー、りー……

涼やかな鳴き声が。

時を包んでいた。

お読み下さりありがとうございます。

感謝しております。

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