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想いの行方  作者: ぽんこつ


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30/34

交感 闇に咲いた杜若《かきつばた》

目の前で私のカレーライスを頬張る仙次郎さん。

そのお姿を見ているだけだ。

心もお腹も満腹になってしまう。

ふと。

仙次郎さんと目があって。

微笑みを交わす。

私の小さい頃からの。

仙次郎さんへの想いは。

実は。

半分叶えられている。


あれは。

2年前。

18歳の時。

私も仙次郎さんも浴衣に身を包んだ。

夏祭りの夜のこと――


『越天楽』が流れる。

祭り囃子の喧騒から離れた。

町を流れる小川のほとり。

並んで腰かけて。

宵に浸っていた。

天の川が帳を染め。

またたく蛍がせせらぎに舞う。

月明かりがほんのり。

私と仙次郎さんを淡く包んでいた。

それは突然。

雷鳴の如く訪れた。

「美鈴さん。僕のお嫁さんになって欲しい」

「ん?」

私は最初。

耳に届いた言葉に。

頭はついていかなくて。

騒がしい鼓動と。

全身の火照りが。

求婚して下さったのだと。

教えてくれた。

分かった途端。

考えることなんてなくて。

私はただ。

頬を赤らめて。

「はい」

そう。

答えていた。

「よかった。ありがとう。美鈴さん」

「うれしいです。仙次郎さん」

青白い光の中に。

仙次郎さんの。

白い歯が目映く笑う。

「僕の両親には伝えています。美鈴さんの御両親にも話はしてもらっています」

「はい」

「明日。ご挨拶に伺います」

「はい」

「ご両親がご承諾下されば、美鈴さんは、僕の許嫁です」

「うれしいです」

「ただ、結婚は早くて、僕が兵学校を卒業してからになると思う」

「はい」


そっと。

私の膝の上の手に。

大きな手が重なった。

小さい頃は。

なんの気兼ねもなく。

つないだ手。

逞しくなられたけど。

ぬくもりは。

あの頃のまま。

ただ。

違うのは。

私の体と心と頭の反応。

熱く。

深く。

奥底から沸き上がる。

仙次郎さんへの。

狂おしいまでの。

うねり。


あっ。

すーっと。

仙次郎さんの手が離れた。

「美鈴さん。渡したいものがあるんだ」

「なんですか?」

仙次郎さんは微笑みを一つ。

袖口から小さな箱を取り出した。

「これは?」

「オルゴールといって、音楽が流れるんだ」

そっと。

仙次郎さんの指が箱の蓋をあけた。

カンカカカン、カンカカカン……

高い金属の音が刻む旋律。

「美しい音色ですね」

「でしょ? 『華麗なる大円舞曲』というショパンが作った曲です。このオルゴール、お揃いなんだ。僕と美鈴さんと」 

「わっ。嬉しい」

仙次郎さんはオルゴールの蓋を閉じて。

私に差し出した。

ちょうど両手で。

包み込める大きさ。

茶色い木目調の小さな箱。

表面には紫色の杜若かきつばたが彫り込まれている。

仙次郎さんは袖口からもう一つのオルゴールを取り出した。

「僕のは、モーツァルトが作った『トルコ行進曲』。花はね梔子くちなしなんだ。幸せ者という意味らしい」

「ふふ。素敵」

「美鈴さんの杜若にも幸せになるという意味があるんだけど、他にも面白い話があるんだ」

「聞きたいです」

「伊勢物語の中で、遠く離れた妻を想う歌が出てくる」

私が首をかしげると。

仙次郎さんの瞳が笑う。

唐衣からころも、着つつ慣れにし、妻しあれば、はるばる来ぬる、旅をしぞ思う」

耳に馴染む優しい声色で。

拍子をつけて詠う仙次郎さん。

「この歌の頭文字を繋げると、かきつばたになるんだ」

「わぁ! すごい!」

私はオルゴールを抱きしめた。

「オルゴールを聞きながら、遠く離れていても。僕は美鈴さんのことを常に想っている」

「はい。私も片時も仙次郎さんのことを想い慕います」

見つめた仙次郎さんの顔の前を。

ふわふわと。

淡い光を灯した蛍が横切った。

すっと。

仙次郎さんのお顔が近づいて。

目をつむる。

あっ。

おでこに。

柔らかくて。

あったかい。

ぬくもりが。

触れて。

離れた。

でも。

余韻は残っていて。

瞬く間に全身を駆け巡って。

紅潮する体。

口から飛び出そうな心臓を。

肩を丸めて。

膝を寄せて。

オルゴールを抱きしめて。

堪えるのが精一杯だった。

カカカン、カカカカカカ……

仙次郎さんのオルゴールが鳴り始めた。

星々の揺らめきのような音色が。

二人を包んでいた。


――だから。

本当は。

この休みの間に祝言をあげる筈だった。

けれど。

アメリカとの戦争が始まるかもしれない。

そんな世情で。

さらに日延となってしまった。


「美鈴さん、おかわりいいですか?」

「はい。もちろんです」

「冷奴も、合いますねカレーライスと」

唇を噛みしめて。

微笑む私。

あっ。

そんなやり取りを。

仙次郎さんの妹の加奈子ちゃんに美代子ちゃん。

私の弟の幸一と知吉が。

ニヤニヤと見つめていた。


仙次郎さんは。

カレーライスをいつものように3杯召し上がられて。

「美鈴さんのカレーライスは天下一」

高らかに笑っておられた。


食後に仙次郎さんのお土産。

羊羹をみんなで食べることに。

鈍く黒い照りを放つ。

長細い物体。

両家の人数分に切り分けるのに。

包丁を入れた感触が不思議で。

お豆腐よりも固くて。

でも。

お野菜よりも柔らかい。

中まで真っ黒け。

それが。

口にしたら。

また不思議で。

歯にくっつくような。

少し粘り気のある食感。

深みのある甘さに。

頬が落ちそうで。

弟や妹たちは。

やんややんやと。

仙次郎さんにまとわりついていた。


お読み下さりありがとうございます。

感謝しております。

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