交感 お出迎え。
あれ?
寝ちゃったんだ私。
あっ。
また……
夢?
ぼんやりと視界が明るくなる。
カレーかな?
いい匂いが鼻先を伝った……
プー、パー、プー。
ラッパの音が軽やかに耳に届く。
私は七輪の引き窓を閉めて。
火を弱くして。
器とがま口を手に。
サンダルを突っ掛けて。
勝手口から飛び出した。
ミーン、ミーン……
元気な蝉の鳴き声が。
頭上から降ってくる。
真っ青な空に沸き立つ白い入道雲。
ラッパの音を連れながら。
大八車を引いたお豆腐屋さんが。
ゆっくりと通り過ぎる。
「お豆腐やさん」
「はい、毎度」
「えーと、絹ごしを二丁下さいな」
「はいよ。絹二丁ね。今日は暑いから奴がいいね」
「え? あ、はい。えーと12銭でしたよね」
「毎度」
器に入った。
白く艶やかな豆腐が。
ふるると揺れる。
今日は仙次郎さんが。
海軍兵学校を卒業されて。
帰省される日。
正確には。
昨年の11月に。
ご卒業されてから。
休む間もなく。
半年間の遠洋航海に出られて。
やっと。
束の間の休暇。
アメリカとの戦争になるとかならないとか。
国中がやんややんやと盛り上がってる。
けれど。
私にとっては。
およそ1年ぶりに会える。
仙次郎さんのお姿を想い浮かべたら。
張り裂けそうな想いが。
鼓動を乱すのです。
器を抱えて。
唇を食んだ。
私と仙次郎さんは幼馴染み。
年齢も同じ。
お互い長男と長女で。
今年20歳になる。
家はお隣で。
親同士も仲が良い。
私は仙次郎さんの。
お嫁さんになりたい。
そう。
幼い頃から。
想い。
慕い。
続けている。
小さい頃は、
「私は仙次郎さんのお嫁さんになる」
なんて。
無邪気に口にしていたけど。
年を重ねていくにつれ。
口に出せなくなって。
仙次郎さまは。
みるみる精悍に。
男らしくなられて。
私は心の底から。
お慕い申し上げていた。
聡明でいらした仙次郎さんは。
中学を4年で修了されて。
16歳にして。
天下に轟く、江田島の海軍兵学校に入学された。
ほとんどの人は。
18歳で入学するというから。
飛び級されたということ。
村中のみんなが喜んで。
ちょっとしたお祭り騒ぎになったほど。
小さな村の誇りと誉れになられた。
そんな仙次郎さんも。
私のことを気にかけて下さって。
夏休みで帰省される折りごとに。
物珍しい品々をお土産として下さった。
化粧筆や絹のハンカチ。
泡立ちの良い石鹸にオルゴール。
それに、餅菓子や、最中、羊羹といった、普段は口にする機会のない美味しいお菓子も下さった。
でも。
一番嬉しいのは。
仙次郎さんの笑顔とお姿が見れること。
日焼けした肌に。
真っ白な軍服に身を包まれて。
戻って来られただけで。
心のそこから笑顔に包まれる。
それと。
私に「ただいま」と。
微笑みかけて下さる事が。
どれほど私の心に喜びをもたらしたことか。
仙次郎さんが。
お帰りになられる日は。
私が料理の腕を振るうのです。
カレーライス。
「美鈴さんのカレーを食べないと村に帰った気がしない」
そんな風に仰って。
おいしい、おいしいって。
いつもお代わり3杯。
いけない。
そのカレーを煮込んでいたんだった。
肩をすくめて。
一歩踏み出そうとした時。
「美鈴さん」
低く爽やかな声が追い越した。
私は飛び跳ねた心臓も。
そのままに。
ゆっくりと振り返る。
「お帰りなさいませ。仙次郎さん」
私が微笑むよりも先に。
凛々しい眉毛が下がって。
白い歯をお見せになって。
敬礼をされていた。
私は器を小脇に抱えて。
右手を額にかざす。
みるみるうちに。
仙次郎さんの顔がほころんで。
表情はそのままに。
私の元へ駆け寄られた。
「ただいま、美鈴さん」
「はい。お帰りなさいませ仙次郎さん」
真っ直ぐ澄んだ。
仙次郎さんの瞳に見留められ。
ぽっと。
火照った私の頬が。
外気よりはるかに熱かった。
お読み下さりありがとうございます。
感謝しております。




