交感 旅立ち
朝から蝉は元気だった。
寝不足気味な。
頭も顔も。
仙次郎さんのことを想えば。
嘘みたいにすっきりする。
私は桔梗柄の着物を身につける。
最近流行りの『銘仙』という絹織物。
絹だけど安価で若い女性に人気。
着心地は軽くて。
さらさらして。
肌触りもいい。
髪は後ろで一つにまとめて。
お化粧はほどほどに。
身支度を整えて。
袖口に。
香袋と香元を入れた缶を忍ばせて。
隣の仙次郎さんの家に向かう。
サンダルを突っ掛けて。
玄関の引戸を開けると。
目覚めた土や木の。
濃い緑の匂いが。
そよ風に乗ってきた。
仙次郎さんのご両親の計らいで。
今日は仙次郎さんの家で。
一緒に朝食を頂く。
食卓は静かに進み。
食後の団欒で。
仙次郎さんはいつも通り。
会話の中心で。
お義父様と世情について。
話されていた。
加奈子ちゃんと美代子ちゃんは。
私の着物に興味津々で。
お義母様に。
「欲しい、欲しい」
と。
おねだりをしていた。
女4人で後片付けすると。
我が家の倍以上の早さで終わってしまった。
少しだけ。
土岐家の一員になれた気がして。
嬉しくも。
寂しくもある。
そして。
いざ。
玄関でのお見送り。
「父さん母さん、それに、加奈子に美代子。行ってくる」
「行ってらっしゃいませ」
一番年下の美代子ちゃんは。
仰々しく頭を下げた。
「兄様、行ってらっしゃい。家のことは私に任せといて」
加奈子ちゃんは。
胸を張って見せた。
仙次郎さんは。
そんな二人の頭を優しく撫でた。
そして。
ゆっくりと。
視線が私を捉える。
「じゃあ、美鈴さん。行ってきます。体を大事に」
「仙次郎さんも。ご武運をお祈り致します。あと、これ私が縫い上げたものです」
両手で香袋と香が入った缶を差し出した。
「そうですか、うれしいな。ありがとう」
仙次郎さんは。
香袋を鼻に近づけて。
うなずかれた。
「気分が落ち着く良い香です。柚子の匂いもしますね」
「はい。精神を穏やかに保てるそうです」
「この二羽の鶴の刺繍も美鈴さんが?」
「あ、はい」
肩をすくめて。
髪を耳にかけた。
その左手の手首を。
仙次郎さんの右手が掴む。
ハッとする私。
仙次郎さんは。
そっと。
私の左手をご自分のそばへ近づけて。
「この傷は?」
絆創膏だらけの指を見つめていた。
「あ、いえ、裁縫が不得手でして」
「それなのに」
仙次郎さんは香袋に視線を落とし。
ぐっと。
口を結んだ。
「ありがとう。美鈴さん。どこにいても君を想おう。君と共に戦おう」
「仙次郎さん……」
皆の前でなければ。
その大きな胸に抱きついて。
口づけを交わしたい。
そんな衝動が体を震わせる。
「では、みんな行って参ります」
「美鈴ちゃん。これ」
仙次郎さんのお母様が。
私に火打ち石を持たせた。
「私で良いのですか?」
「仙次郎のたっての願いですから」
私は唇を噛みしめて。
深々と頭を下げた。
仙次郎さんと微笑みを交わす。
キリッとした動きで。
回れ右をして。
私に背を向けた仙次郎さん。
私はその右肩口に向かって。
カチッ、カチッ。
火打ち石を打ち付ける。
飛び散る火花。
古くから。
切り火と呼ばれる。
邪気祓いの儀式。
ご無事のご帰還を願い祈り込めた。
「では、行って参ります」
がらがら……
仙次郎さんは。
玄関を開ける、
温かい風が。
頬を撫でていく。
光の中へ踏み出した。
仙次郎さんの真っ白な背中が。
夏の日差しを受けて。
より一層目映く見せていた。
どこからか。
「仙次郎くん。バンザイ!」
と。
村人達の大きな声援が飛び交っていた。
ぼんやりと。
辺りが暗くなる。
これで。
終わりなのかな?
続き……
あるなら。
見たい……
けど……
お読み下さりありがとうございます。
感謝しております。




