交感 にじむ
水浴びをした近くまで戻ってきた。
争うような音は聞こえない。
そっと辺りを気にしながら。
あの、岩場を目指す。
岩のそばの樫の木に。
寄りかかっている人影。
通春さん!
私は無我夢中で駆け寄る。
腕と脇腹に矢が刺さっている。
「通春さん!」
「さよさん、どうして」
「通春さんをほっとくなんて、私には出来ません。痛みますか?」
「これしき、大したことでは」
「弥彦……あいつらは?」
辺りを見回す。
「徒党を組んだ連中は、成敗しました。弥彦はあの岩場の陰で気を失っています」
殺してくれたらって。
正直思ってしまった。
でも。
「さ、お寺に戻りましょう。私の肩に」
ざっ、ざっ、ざっ、ざっ……
背後からの足音。
振り向くと。
短刀を構えた弥彦が、
足を引きずりながら迫ってきた。
通春さんの手が私を押し退ける。
だめ……
「くそー!」
弥彦の罵声。
私はよろめきながら。
通春さんに抱きついた。
「……はうっ!」
息が止まる。
腰に楔を打ちこまれたような。
重い衝撃が走る。
にわかに冷たく。
瞬時に炭を押し当てられ。
焼かれるような。
猛烈な熱さに変わる。
膝が落ちそうで。
通春さんの衣服の背を。
ありったけの力を込めて。
握りしめた。
「さよさん!」
「はぁっ……」
腰の重みが抜ける。
「この女どけよ!」
弥彦の手が。
私を通春さんから引き剥がそうとする。
だめ。
放れちゃいけない。
必死で通春さんにしがみつく。
「……ああっ!」
背中に刹那の鈍痛が走る。
滲み出た生暖かいものが。
着物に染みていく。
「貴様っ!」
通春さんの怒号。
ざっ!
「ぐはっ」
ドサッ!
「さよさん、どうして……」
目の前に通春さんの。
お顔が。
「通……春……さん、ご無事で……」
「さよさん!」
辺りがぼやけて。
すーっと。
暗く沈んだ。
痛みが消えて。
傷が治ったのかな。
でも、体に力が入らない。
「……さん」
あっ。
通春さんの声。
はい。
私はここにいます。
あれ?
返事をしたのに。
声が出ない。
通春さんの声のする方へ。
手を伸ばしてみる。
けど。
伸ばせてるのかさえ。
分からない。
「さよさん……」
顔に息がかかる感じがする。
あたたかな温もりが。
私の指先を包んでくれたみたい。
言うことをきかない体が。
ふわりと浮いている。
あっ。
通春さんの匂い。
かすかに顔のような。
影がぼんやりと見える。
目は開いているはずなのに。
近くにいるはずなのに。
通春さんの顔が。
見えないのはなぜ?
でも。
私。
通春さんの腕の中にいるのですよね。
きっと。
幸せだなあ。
「さよさん……もうすぐ寺に戻ります。もう少しの辛抱です。しっかり!」
はい。
聞こえていますよ……
ぐらぐらと揺れている。
少しずつ息遣いが遠のいて。
周りが暗くなっていく。
あっ。
そうか。
私。
刺されたんだ。
……
じゃあ……
死んじゃうの……
かな……
通春さん……
私は……
目に溜まる涙が。
一滴。
頬を伝った。
ような。
気がした。
ハッと。
身を起こす。
窓から差し込む日差しの眩しさに。
手をかざし。
目を閉じる。
え!?
その瞬間。
両方の目から涙がこぼれていた。
寝汗がひどい。
全身が泣いているみたい。
そばにあるはずのスマホを手探りで探す。
冷たいケースが指先に触れて。
それを掴んで引き寄せる。
画面には12時34分と表示されている。
とても悲しい。
ううん苦しい夢を見た。
覚えている。
さよという子は。
好きだった男の人を庇い。
その腕の中で……
私は肩を寄せ。
腕を抱いた。
想いを……
想いが通じ合っていたのに。
いく粒もの雫が。
頬を流れる。
ぽたり。
ぽたり。
ただ。
ひたすらに。
膝頭に染み込んでいく。
温かさを残して。
お読み下さりありがとうございます。
感謝しております。




