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想いの行方  作者: ぽんこつ


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17/35

交感 紡ぎ編んで忍ばせて

ぱしゃ、ぱしゃ。

手拭いを水面に浸す私。

「いや、本当にお上手です。お父上様が褒めるのも納得です。実に晴れがましい気分ですよ」

「あ、ありがとうございます」

きゅっ、きゅっ。

絞る手も軽やか。

「いえいえ、お礼を言うのは僕の方ですよ。さよさん、ありがとう」

「あ、いえ……」

大きく息を吸って。

私は手拭いを。

胸の前で握りしめた。

「あの。通春さん……」

名前を呼んだだけで。

一段。

体が熱く。

早まる鼓動。

「なんでしょう?」

「あの、私も歌を……その書いてみたのです」

「ほう。それは是非ともお聞かせ願いたい」

手拭いを帯に挟んで。

裾で手を拭いた。

懐から紙を取り出す。

カサカサ。

ふぅ……

目を閉じる。

せせらぎ。

梢。

そっと瞼を開ける。

光る水面の揺らぎ。

雨笛あまぶえ。耳の虜となる。白雪に浮かぶ墨染めの文字。目を奪う。香りまといし麗しきお姿。心惹かれる。優しき御心に魂吸われる」

時が止まったかのような。

錯覚。

森の音だけが――


がさがさ。

ん?

獣?

通春さんも気配に気付いたみたい。

それとも……

「賊かな。さよさん岩陰に!」

びゅんっ……

ぴしゃっ、ぴしゃっ、たんっ、たんっ。

弓矢が水面や幹に当たる。

通春さんは。

私の前で庇うように両手を広げる。

え!?

どうしよう。

通春さんは何も着ていないし。

小刀は岸の岩場。

この弓矢の数からして。

相手はきっと一人や二人じゃない。

賊……

人さらいか。

なら、狙いは私?

「小野のなにがしさんよ。俺の女に手を出してくれるとは」

本庄屋の弥彦の声。

「弥彦。なにしてんのさ。私はあんたの女じゃないよ」

「あ? 聞いとらんのか? お前は俺の嫁になるんだよ」

「うそ……」

「まあいい。小野様~、この村から出ていってくれんかの」

「私にその決定権はありません。それに、あなたは誤解している」

どうして?

私が弥彦なんかと……

「ならば、さよさんは逃がしてもらえるのだろう。ここにいては巻き添えを食う」

「だな。おい! さよ、とっとと川から上がれ! おい! 聞いてんのか」

私は身を屈めて震えていた。

よりによって弥彦と……

私は……

あわよくば。

今日。

ううん。

今。

通春さんに全てを捧げたかったのに……

「さよさん。さあ、離れて」

はっとして。

顔を上げる。

優しく愁いを帯びた眼差しが。

真っ直ぐに見つめている。

私は小さく。

本当に小さく。

首を振った。

何かを言いかけた通春さん。

でも。

息と一緒に言葉を呑み込んだ。

そう。

だって。

武器もない通春さんのそばから離れたら。

弥彦の奴は……

鼓動なのか。

震えなのか。

「私は通春さんをお慕い申しています」

消えいるような声だった。

「ええ。僕もです」

「!?」

しっかりと聞こえたのに。

信じられなくて。

がくがくと震える体。

「おい! さよ! 早く上がれって!」

「小野様は関係ない。小野様を助けてくれないなら、私はここから動かない」

「ったく、これだから女はめんどくせーな。分かったよ。手は出さない」

「本当だね?」

「うるせー! 早く失せさせろ」

「通春さん、今のうちに」

私は通春さんを先に。

後ろの弥彦たちを。

気にしながら歩く。

衣を置いた岩のそばまで来て。

通春さんは。

手早く着物を召された。

「おい、じゃあいいよな、さよ」

斧を肩にかけた弥彦が近寄って来た。

「清泉寺まで、小野様に付き添う」

パシン!

頬に痛みが走り。

勢いで跪いた。

頬を押さえながら。

ぐっと。

弥彦を見上げ、睨みつける。

「いちいちうるせーな。ほら早く行けよ。小野様~」

「はぁ……」

通春さんは。

ため息をついて。

私の前にかがむ。

「大丈夫ですか?」

「……はい」

「おやおや、この御仁も耳が遠いと見える」

弥彦が鼻で笑い。

「ハハハ」

その取り巻き達が嘲笑う。

「さよさん。私が背を向けたら。清泉寺に向かって走るのですよ。いいですね。必ず」

通春さんは。

私を抱え起こしながら。

耳元でまくし立て囁く。

語尾は有無を言わせない迫力があった。

通春さんは。

口許に笑みを浮かべると。

ゆっくりと私に背を向けた。

私は一目散に走り出した。

「おい、こら……」

弥彦の声がして。

「てめえ!」

ドサッ。

何かが倒れる。

「走るのです!」

びゅんっ、しゅっ、しゅっ……

矢が放たれる音。

私は言われるがまま走る。

獣になったように。

ただ。

ひたすらに。


清泉寺の屋根が見えてきた。

「はあ、はあ……」

木の幹に片手をついて。

息を整えながら。

振り返る。

後をつけられていない。

けれど。

通春さんが来る気配もない。

どうしよう。

ささーっ、ささーっ……

枝が震えて。

髪をすいていく。

「ええ、僕もです」

通春さんの言葉と微笑みが。

風に混じる。

ごくり。

私はつばを飲み込んで。

踵を返した。

お読み下さりありがとうございます。

感謝しております。

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