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想いの行方  作者: ぽんこつ


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16/35

交感 秘めし想い

ぼんやりと意識の境目にいる。

ような……気がする。

目を覚まそうと思ったら。

覚ませそうだけど。

まどろみの続きが気になっている。

そう。

あの通春という人の書いた文字。

どこかで見たことのあるような……

あっ。

さよの意識が――


それからというもの。

寺へ通うことが。

日々の楽しみになった。

通春さんの好物の山菜を持っていって。

字を教わる。

わらびにつくし。

ぜんまいに大葉。

私は名前を書けるようになって。

難しい漢字は無理だけど。

文字も少し読めるようになった。

通春さんは歌というものを作って。

私に読み聞かせてくれた。

『龍のいざなうう、村雨の、霧立ちのぼりし、かわず池、一人かもねむ憐れ身に、さよ一度ひとたびの花一輪、氷いた、心の清水綻ばす、春雷とどろき、請い願う、天へ通じよ、偲ぶる底に、息吹きし風 通春』

紙面に並ぶ楽しそうな。

美しい文字たち。

通春さんの文字のクセが。

分かるようになった。

はねが。

それこそ。

跳ねるような文字。

目と耳とで噛みしめる。

「どういう意味ですか? 文字と響きが美しいのは私にも分かりますけど」

通春さんは。

さっと。

両手を広げ。

袖を波打たせて。

足の付け根辺りに添えた。

そんな動きの晴れやかさに。

目だけでなく。

そう、

心さえ奪われる。

「ちょっとした言葉遊びです。初めてお会いした。あの雨の日を想い。僕とさよさんの名前を散りばめてみました」

「うわ! そうなのですね」

私は歌の文字を指でたどる。

あっ。

さよ一度の……

私の名前。

通春さんの名前は……?

ん。

春雷!

それと。

通じよ!

「ありました! 私と通春さんの名前」

「お見事です」

「やっぱり通春さんはすごいですね。私もこのような歌を書いてみたい」

「さよさんは、飲み込みが早いですから、いつの日か歌をしたためる時が来ますよ」

通春さんの。

真っ直ぐな声色と瞳に襲われて。

「はい」

微笑んだつもりが。

うつむいて。

膝の上の手が。

ぎゅっと裾を掴む。

ずっと。

お側にいたい。

ただ。

そう願っていた。


日がのびて。

蝉が鳴き始めた。

ある日。

「今日は陽気もいいですし、一緒に山菜を摘みに行きませんか」

通春さんの申し出を受けて。

森に入った。

通春さんが籠を背負って。

私が案内をする。

斜めに落ちる。

幾重もの光の筋が。

森に立ち込めて。

なぜだろう。

いつもの森のはずなのに。

鳥の歌。

蝶の舞。

花の色。

全てが生まれたばかりみたいに。

鮮やかで。

生き生きしている。

さらさら……

森の中程にせせらぐ小川。

深いところも私の腿ぐらい。

川幅は私の歩幅で10歩ほど。

「ほう。川があるのですか」

「はい。この時期。水を浴びるんですよ。とても気持ちいいの」

「そうですか。確かに木々に囲まれ、さぞ清々しいのでしょうね」

「はい。よかったらしてみますか?」

「そうですね。折角ですから」

通春さんは。

背負った籠を苔むした岩場の陰にそっと置いた。

懐から小刀と龍笛を抜き取り。

「持っていて下さい。ああ、刀は危ないから鞘から抜かないように」

「はい」

両手で受け止めて。

ぎゅっと抱きしめた。

するすると帯がほどかれ。

着物を脱いで。

下帯だけの姿に。

村の男たちまでとはいかなくても。

色白で細身なのに。

がっしりとした体躯だった。

通春さんは。

両手を合わせて。

小川に足を踏み入れる。

ぽちゃぽちゃ……

涼しげな音をたてながら。

川の中ほどで跪いて。

水を浴びる。

その動きのしなやかさ。

美しさに。

じんわり汗ばんで。

抱きしめた腕に力が入る。

飛沫が木漏れ日を弾く。

「いや、実に気持ちいい。さよさん、ありがとう」

私を見て微笑む通春さん。

きゅっと肩が上がって。

膝が笑う。

「え、いえ」

すりすりと。

膝をこすり合わせて。

「あ、あのお背中流しましょうか?」

「ああ。いや、平気ですよ」

「でも、私、上手いんです。父に褒められるんです」

夢中で張り上げた声。

通春さんに……

私は……

「分かりました。じゃあお願いしましょう。刀と笛は僕の着物の上に置いてください」

「はい!」

私はそーっと。

刀と笛を着物の間にはさんで。

ぱちゃぱちゃと川の中に入っていく。

火照る体をなだめるように。

ひんやりとした水が。

足を撫でていく。

通春さんの大きな背中のそば。

懐に手を入れる。

あっ。

かさかさ。

忍ばせた想いに触れた。

その手をずらして。

手拭いを引き抜いた。

そっと。

川に浸す。

きゅっ、きゅっ……

軽く絞って。

「では、お流しします」

「お願いします」

片手を通春さんの肩に添えて。

あっ。

手のひらから。

伝わるぬくもりが。

私の全身を駆け巡る。

鼓動の昂りが。

通春さんに届くといいな。

叶わぬであろう。

はしたない想いを秘め。

一拭き、一拭き。

心を込めた。

お読み下さりありがとうございます。

感謝しております。

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