救済
ヴァントは思ったより重傷だった。
古の魔導師達の休憩室にある壁龕状のカタコンベのような寝台に横たわる彼の顔色は死人のようだ。
「どうか私のことは構わず、ここに置いていってください。短刀が一振りあれば自分で自分の始末はつけられます。王墓が己の終の棲家になるならばそれも一興」
「言祝ぎの儀に従いて命の幸をたたえる。源より至り成りて、雫巡り満ちよ。蘇命露」
血を失いすぎて土気色になっていたヴァントの顔色が、劇的に改善してつやつやになった。
「……治りました」
「よろしい」
そんなに簡単に失ってたまるもんですか。
起き上がり服の端をめくって傷を確認したヴァントは「古傷までなくなっている!」と悲鳴をあげた。
「お救いいただいたあの日の想い出が……」とかなんとか戯言を口走っているが、傷なんかない方がいいだろう。それにしても、いくら快癒と生命力増強の術式とはいえ効きすぎか……?
「どうも魔導の効果が上がっているみたいね。魔導王様にお会いしたせいかしら」
「魔導王に会ったんですか、お嬢様?!」
「えっ?! いつです? ヴィクトリア様のことはずっと交代でお見守りして、不審者は近づけなかったですよ」
「リラ、お前、天下の魔導王を不審者呼ばわりするな。それに俺達一般人に亡霊は見えん」
「あの、ここ一応その方のお墓ということなので、あまり不敬は良くないと思います」
「フィヨ~」
黒騎士が心配そうに隣から私の顔を覗き込む。
「大丈夫よ。亡霊や祟る悪霊の類ではなかったし、そういうことするのが好きそうな感じの人ではなかったから」
「ちょっとその辺の著名人に挨拶してきたみたいな感じで、伝説の魔導王との邂逅を語るのはよしてください」
皆を当惑させても何なので、私は一般人にもわかるように瞑想中の出来事を簡単に説明した。
§§§
「へー、人って死んでもまた生き返るんですね」
「諸説あるのよ。でも、私が邂逅した"魔導王"は少なくともそう語っていたわ。それにそれが本当だとしても、一度、大元に還って記憶をなくして、それから新たに生まれるから別人になるのだけれど」
「鉄のうち直しみたいなものか。鋳溶かしたら別の剣なり鎧なりが造れる」
サムソンの言葉に、皆の視線がちらりと黒騎士の鎧に集まって、黒騎士は溶かしては嫌だよとぷるぷる首と手を振った。
「では、昔の王国の偉い人は、その生まれ変わるときになくなっちゃうはずの魔導王様の記憶や知識だけを取っておいて使おうとしたんですね」
「俺も装飾金具や革ベルトのバックルなんかを取っておいて使いまわすことはあるが、人の魂でそれをやろうと考えるとは。たまげた話だな」
「本当にね……」
故人を惜しむ気持ちではなくて、能を欲する発想だけで事をなすから報われなかったのだろう。
「それで、その魔導王のお智慧様はこれからどうなるんですか」
こういうところで、人ならざる不完全な存在さえも人として思いやれるのは、バロール人の好いところだと心配そうにしているラリーや黒騎士を見ると思う。
「ええ、このままだと大元に還ることもできず、幽世でずっと存在し続けそうだったのよ」
「ええっ、それはかわいそうですね」
「でしょう? だから、提案してみたの」
「何をです?」
ラリーは単純にわからない様子でそう尋ねた。
魔導王の件には特に興味がなさそうにしていたヴァンとリラが、急にもの凄い顔でこっちを凝視した。
私はヴァンとリラの方は見ないようにしてラリーに答えた。
「私と一緒に来るかって」
「ヴィクトリア様~!!」と同時に叫んだヴァンとリラの二人に、私はたいそう叱られた。
§§§
「一緒にと言っても、記憶を混ぜるとか人格を統合するとかそういう話ではないから安心して」
私は心配性の皆に、魔導王の記憶は静かに眠って閉じた状態で単純に私の魂の端っこに相乗りするだけだと説明した。
「ほら、馬車の隅に箱を一つ置いておくようなものよ。私にくっついていれば、私が死んだときに一緒に還ることができるから」
「そんなことを言って、なんだかんだでどさくさで魔導王の知識を手に入れようとしていらっしゃるんじゃないでしょうね」
「変な欲を出すと、魔導王に身体を乗っ取られてしまいますよ」
古なじみの二人は私の知識欲というものをよく知っている。
「魔導王の知識なんて欲しがらないわよ」
「信用できません」
「説得力のある根拠を提示してください」
全く信頼がないのが泣ける。
「だって全部、古いのよ。初代の生きていた時代から今まで、代々どれだけの魔導師や研究者が学問に人生をささげてきたと思っているの。初代は凄い方だけれど、その知識は昔から全く更新されずに保存されているわ。私がこれまで学んできたせっかくの最新の研究成果を上書きされて、たまるもんですか」
「納得しました」、「魂の欠片ごときではお嬢様には勝てません」と謝罪されたが複雑な気持ちだった。
§§§
皆を安心させるために、もう少し自我や魂の概念について補足説明をしてやったところ、リラが思案気に尋ねた。
「では、うちのシャーザーも、そういう感じなんでしょうか?」
すっかり"うちの"呼びをしているリラの横で、サムソンが顔をしかめている。リラの隣にこういうまっとうな感覚が多少は残っている人がいるのは良いことだ。ぜひサムソンには頑張ってもらいたい。
「神聖帝国の勇者装備は、似ているけれど、おそらく別よ」
今回色々調べて、実際に体験もしてわかった。王墓の術式と神聖帝国の術式は、幽世に縛った存在から力を得るという点では同じだが、縛る対象が違う。
「記憶や知恵だけの存在って感じはしないですもんね」
「むしろシャーザーは記憶も知恵も思い出せていないっぽいし。もうちょっと賢くなってもらいたいわ」
小部屋の外に立たされて箒を手に見張り番をやっている竜頭の番人は、入口からこちらを覗いて、申し訳なさそうにペコリと頭を下げた。リラではないけれど「どうもすみません」という声が聴こえそうだ。
私はため息をついた。
「神聖帝国がやっていることは、死者への冒涜なんてものじゃなくて、生者の魂の蹂躙なのよ」
全員がぎょっとして私の方を見た。
「おそらくなのだけれど……勇者が魔導師の資質がなくても魔導的な力を使うことができるのは、生きた魔導師を幽世に捕らえてその魂から魔力を無理やり吸い出して術の発動をやらせているの」
シャーザーの手から箒が落ちて廊下に倒れた。
「シャーザー、あなたがそれほど身体が欲しいと思うのは、あなたが生者のまま幽世に縛られているからなのよ」
私は自分の隣にいる黒騎士の手をぎゅっと握った。
「あなたも……生きているわ」
黒騎士は震える鋼の手で私の手を握り返した。
神聖帝国に行けば、生身のあなたを取り返す方法がきっとわかる……私は自分にそう言い聞かせた。




