私は私の道を生く
用は済んだが、帰る前にもう少し片付けておくことがある。
王墓を立ち去る前に、私は持ち込んだ道具類やゴミを片付けさせ、八角の泉をきれいに洗わせた。
水の抜けた泉の中を血も泥も何もないように磨き、浄樹の葉と清めの水で丁寧に浄化した後で、泉のヘリに付けられた開閉器を閉じて、浅く水を張る。
古王国時代の国土全域の地図が底に描かれた泉から赤い光が立ち昇る。それは各土地の生命から得られた魔力の総量を表す表示だ。勇者が水を注いだ時より格段に細部まで表示されてわかりやすくなっているのがありがたい。
橙色の光が水面の上に形作る膜状の面はデコボコしていて、先の戦乱で虐殺のあったシロツカの大平原と、エレバスとケトゥスが暴れたバロールの枯れ底付近が突出している。
私は地図の王墓の位置に立ち昇っている青白い光の筋を見て眉を寄せた。
「今回の騒動でだいぶ使ったつもりだったけれど、ここ最近で歪に沢山溜めちゃったのがかなり余っているわね。やはり穏当に解放しておいた方がいいわ」
「溜めておかなくていいんですか?」
「ジ・ボーダンの像が壊れてしまったから、溜まっても使えないの。こんなところに無駄に力が集まると危険でしょ?」
「それはそうですね」
「それにこの収集の術が効いていると、人や土地の活力が少しずつ奪われて、土地が枯れるのよ」
「バカですか! 昔の魔導師って奴らは!!」
この手の術式にそういう欠陥が発見されたのはのちの研究の成果だから、当時の魔導師が知らなかったのは仕方がない。もっとも、この王墓の知識が正しく伝承されて設備として維持管理されていれば、この欠陥はとっくに改善されていたであろうから、管理元の王家が悪いという点では弁護の余地がない。
「ヴィクトリア様、なんとかできるんですか?」
「ええ、今は魔導研究も進んでいるから、欠陥部分を新しく書き換えて……そうね、いくつか条件を追加してやれば、安全にゆっくり解放できると思うわ」
「もうさっさと止めて、溜まっているのを全部放出してしまうってわけにはいかないんですかい?」
サムソンの気持ちもわかるが、そういうわけにもいかない。
「水と同じなのよ。畑や果樹園に少しずつ流せば実りが得られるけれど、一度に大量に流すと災害になってしまうでしょう?」
「なるほど」
私はここの控えの間に残されていた書き込みと訂正だらけの設計文書を片手に、慎重に蓄積魔力の還元術式の設定を始めた。
「バロールからいっぱい持っていかれたなら、バロール全体に多めに返してもらえると、なんか収穫増えそうでいいですね。バロールって、からっからだから」
王都で食べた麦のパンをバロールでも食べたいなぁ、と屈託なくいうラリーの声を聴きながら、私は「それもそうだな」と思った。
……魔導術式というのは術者の思考にかなり依存するので、ひょっとしたら継続的なバロールへの還元量がちょっぴり他所より多めになってしまったかもしれないが、それはこの際、不可抗力なので仕方がないとしよう。
§§§
「それにしても、王墓というからには、魔導王様のご遺体が安置されているかと思ったんですが、なかったですね」
「そうね」
王墓の建設に当たって、魔導王本人を復活させる案をつぶしにかかった派閥が遺体を魔導の焔で焼いて処分してしまったのだという話は皆には伏せておく。王侯貴族や魔導師という者の愚かさを、貴族で魔導師である私が声高に語っても醜悪だ。愚者をかばう気はないが、己もまたその愚か者の末だと親しい者達にみなされるのはつらいし、私だけは違うと主張するのも格好悪い。私もまた十分に欲深い自覚はある。
「遺体はないけれど、棺と副葬品の間はあるわよ。見ていく?」
「えっ?!」
「はい!!」
「このさらに奥に部屋があるんですか? それとももっと地下とか?」
「いいえ。上よ。棺の上を土足で踏んで歩くなんて不敬でしょ」
私は泉の間の天井を指さした。円形の部屋の周囲に並ぶ八本の太い柱に支えられたドーム天井には、星と月と太陽が描かれて、水晶の星河がキラキラと光っていた。
§§§
「それで使用人通路がこういう配置だったのか~」
「仰々しい迷路や壮麗な広間は、本来の設計では盗賊避けの目くらましだったのですね」
「とはいえ、この石室のあの巨石の扉を動かすのも封印を解くのも、盗賊ごときでは無理でしょう」
「鎧の旦那の怪力とヴィクトリア様のインチキ魔導力がなきゃ、入れる気がしないぞ、こんなとこ」
口々に好き勝手なことを言いながら、棺の間に入った一同は、そこに詰め込まれた副葬品の質と量に、しばし黙り込んだ。
「うわ……桁外れに豊かだったんですね。古代魔導王国」
「これだけのものをこんなところに死蔵して、負けたのか」
「秋に木の実を埋めて冬に食べ忘れるリスみたいですね」
私は中身のない棺に祈りをささげてから、皆の方に振り向いた。
「愚かなリスに忘れられた木の実でも、その後、芽吹いて育てば、また実を付ける大木になるのよ」
「お嬢様、良い資金源を確保なさいましたね」
「ヴァン、これは魔導王の資産です。正統な後継者に継がせなきゃ」
ラリーが首を傾げた。
「でも、魔導王様はもうとっくにどこかに別人として生まれ変わっていて、どこにいらっしゃるかわからないんでしょう?」
相変わらず核心を的確に身も蓋もなく要約する。
この金髪巻き毛の賢い好青年には、ひとかけらの悪気もないのだろうが、皮肉なものだ。
「ラリーの言う通りですよ、ヴィクトリア様。現王家の血筋も軒並み死に絶えるか行方知れずで、あのクズが継承権にいっちょかみできる状態だったんですから、正統後継者なんてものを、今の王家がちゃんと出してくることなんて期待できません」
「そうね……」
「残されていた魔導王様の記憶をお預かりした奥様が、預かり賃として使っちゃっていいのでは?」
「預かり賃って、ラリー、お前……」
ここにある宝物の価値を田舎育ちのラリーよりも現実的に把握している者達は言葉を詰まらせた。
「"預かり賃"というのなら、王国を預るぐらいのことをしないと。これを私欲で使っちゃ横領よ」
「お嬢様、国盗りをなさる気ですか」
なぜそうなる。
「バカ言わないで。今、王国の政治に首を突っ込む気はありません」
私はずっと私の傍らにいる黒騎士を見上げた。私の今の第一目標は彼だ。
「だからこれは、もし使うとすれば、時が来たときに国を立て直すための資産よ」
「使う気満々じゃないですか」
臣下一同の私への信頼のない眼差しが冷たい。
だから"もし"だって言ってるじゃない! やらないったらやらないわよ。
「私はバロール領主夫人です」
私達は、できるだけきれいに元通りにして、魔導王のいない墓所を後にした。
§§§
遺跡の外で鹵獲した勇者一行の馬車や馬を、黒騎士に領主館まで運んでもらっている間に、私は「ヴァン」と、公爵家の有能な裏方である"灰色の幽霊"に声をかけた。
リラ達が勇者軍が渡した谷の簡易橋をどうするか話をしている今のうちに、内々で相談しておいた方がいい件がある。
「セイルーンがこの護符を持ち出して王墓に来たことを知っているものは王都にいる?」
王墓内でずっとラリーが身に着けていた金色の護符を、私はヴァントに見せた。
「皆無ではないですが、少数です。身分の高いものはおりません。宝物庫からの護符の持ち出しは記録に残さずに行いましたので、返しておくことは可能かと」
私は護符を布で包んで、ヴァントに渡した。こういうことは気の利く者に任せるのが一番だ。
「では、セイルーンは不正の摘発を恐れた勇者スチュワートと共に逐電、行方は杳として知れず……の線で」
「かしこまりました」
なんなら余罪もあと一つ二つ付けておきますなどと、しれっと真顔で言うあたりがヴァント・ホーヘンスだ。
「他に何か御用は?」
「神聖帝国の最新の状況と、私が帝国の中央神殿に行く方法があるか調べて」
「……お嬢様の帝国行きはお勧めしかねます」
ヴァントの目がちらりと雄弁に私の角に向けられる。
たしかに神聖帝国ではこの異形は悪魔だ、魔女だと糾弾され、命に関わるだろう。
生まれたときから私の公爵令嬢としての生活を滅茶苦茶にしてきたこの角は、神聖帝国では私の死因になる。
初代魔導王がああいう人で、黒髪も角も悪くない感じだったから、私ももう自分のこの黒髪や角を呪いだとは思わないし、なんなら誇らしい気もしてきたのだけれど……。
「それは追々考えましょう」
調べるだけ調べておいてと頼むと、ヴァントはしぶしぶ承知してくれた。
「ああ、それからもう一つ」
私はちょっとだけ気になっていることをついでに調べるように言った。
「私が生まれてすぐぐらいに、王家の関係者で行方不明になっている女性がいたら、身ごもっていた可能性があると言えるか確認して」
ヴァントは、向こうで作業をしているラリーに目をやった。
「本人は嫌がるのでは?」
「無理強いする気はないわ。でも、あの護符は本来、王族でないとあれほどの効果は発しないのよ」
「彼が"生まれ変わり"だとお思いですか」
「どうかしら、そういう感じはしないけれどね。でも、そうだとしたら、周囲がどうあれ、当人は自分の人生を好きなように生きるのは間違いないわ」
「お嬢様にも是非そうしていただきたいものです」
恭しく一礼したヴァントの真面目な口調に思わず「ふふ」と笑みが漏れる。
「好きにしてるわよ」
リラがシャーザーを使って落とそうと四苦八苦していた仮設橋の上に虹色の揺らぎが現れた。黒騎士を乗せた月魄が、その強い蹄で橋を蹴落としてこちらにやってくる。谷川と新緑の木々の間を抜ける爽やかな風を感じながら、私は魔導王の言葉を思い返した。
『どう生まれたところで、好きなように堂々と生きるのが我だ。遅かれ早かれなるようになるだろう』
そうですね。なるようにしてみせます!
晴れ渡った青空の下、両手を広げて迎えた私を、我が騎士は馬上に抱え上げ、馬首を帰路へと向けた。
お読みいただきありがとうございました。
これにて第3章閉幕です。
この後、また閑話を挟んでから、第4章があります。
4章は舞台がいよいよ神聖帝国です!
(またしばらく書き溜め時期を頂きます)
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