想定外は良い方にも悪い方にも
勇者の白銀の鎖とリラの漆黒の鎖が融合して、私を拘束している鎖が黒く染まる。どうやったのかわからないが、リラが制御権を乗っ取ったのだ。
「うちのお嬢様は渡しません!!」
勇者の手甲から伸びた鎖の端がボロリと崩れて、私はリラにグイッと引かれた。
鎖が切れて一瞬たたらを踏んだ勇者は、すぐに剣を持ち直して私を斬ろうとした。
「勇者殿、危ない!」
勇者のすぐ脇にいたヴァントが、迫真の叫びと共に、勇者を掴んで思いっきり後ろに投げ飛ばした。
勇者は装備の効果で身体強化されているはずなのだが、不意を突かれて重心を崩されると、ああも見事に吹っ飛ぶらしい。……にしても思い切りが良すぎだ。
後頭部から床に落ちた勇者に「ご無事ですか!?」と畳み掛ける心臓の強さは、さすがヴァントとしか言いようがない。
崩落した天井の真下で鎖を解かれた私の両側に、リラとラリーが着地した。
「遅くなりました」
「お迎えにあがりました」
ニコッと笑ったラリーの頭の上にはフィヨが手柄顔で乗っている。
「フィヨ〜!」
なるほど。魔導的に封鎖されていた儀礼の間への突入を可能にしたのはこの霊鳥の雛か。たしかに問答無用で霊格は最上位である。
王墓の設計者にとってはとんだ想定外だろう。通常、この種の幻獣が人と共に行動して従業員用の裏通路から工事用の出入口跡を電撃でぶち破ってくることはないし、起こりうるリスクとして想像もできない。
「ありがとう。がんばったわね」
実はここに乗り込むときラリー達には、フィヨの背に乗せた人形経由で状況を伝えて、連携していたのだが、完全封鎖でそれも途絶えていた。
「いきなり連絡が途絶えたので焦っちゃいました」
「か弱いんですから独断先行は控えてくださいまし」
軽口をたたきながら私をかばう形で前に出てくれる二人が頼もしい。
起き上がった勇者は、ひどくぶつけたせいでまだクラクラしているのか、頭を振りながら顔をしかめた。
「生意気な。侍女と小姓が来たぐらいでどうにかなると思うなよ」
吐き捨てるように毒づいた勇者は、「おい、魔導王!」とセイルーンの方に目をやってぎょっとした。
「な……どうした」
つい先程まで、勝ち誇った顔で燦然と輝いていたセイルーンは、苦悶の声を漏らしながら身を捩っていた。こめかみには血管が浮かび、口元を覆う手の指は引きつったように鍵状に曲がっている。
その貴族的な白い革の手袋が内側で何かが蠢いているようにボコボコと波打った。仕立ての良い上着の袖や肩も、中で何かが暴れているかのように不規則に膨らみ、縫い目が引きつれてはち切れる。
「チカラヲ、ノゾメ」
床に転がった大きな獣頭が発する抑揚のない声が、儀礼の間に重々しく響いた。
その声に応えるように呻くセイルーンの、顔を覆ったいびつな手指の隙間から漏れるくぐもった声に、濃い妄執の響きを感じて、その場にいたものは皆ぞっとした。
「我…に……ち…から……ぐぉを…ぁぁあ…あ……」
セイルーンの背中がひときわ大きく盛り上がり、服が爆ぜた。裂けた布の間から青白く血管の浮かんだ白い肉があふれ出る。肉は急速に膨らみすぎて皮膚が裂け、それを回復するために肉芽が盛り上がり、その表面がまた弾ける。
人の身で制御しきれない力が野放図に流し込まれて、身体強化と治癒が暴走しているのだ。
成長する肉芽の中から骨のようなものが育ち、筋肉が巻き、剛毛に覆われ、蹄の付いた馬の脚のようなものが生え始めた。
「ジ・ボーダン! 術式解除して! 緊急停止よ!!」
否という音に近い重低音が響き、私の要請は拒否された。
不完全に発動して暴走しているために、介入して中断する簡易手段が効かない。権限が足らない場合でも、本来ならジ・ボーダンの像がこちらのオーダーを仲介して状況を総合的に判断したうえで制御してくれるはずなのだが、首を切り落とされて半端にひどいことになっている。
だが、かろうじて自立して言語を発しているということは、まだ手があるはず……。
「この化け物め」
無知なバカ者だが、動きだけはやたら素早いアホ勇者が、床に落ちていたジ・ボーダンの首を剣で真っ二つに立ち割った。
私が今必死に考えていたここから立て直す策も真っ二つに崩壊する。
半端にひどい状態を、完全にひどい状態に完成させてどうする?!
壁の赤く光っている幾何学文様が明滅し、半人半馬の姿になりかけていた元セイルーンのシルエットが、ぐにゃりとゆがんで崩れた。
「ヴ…く…っ………るぁ…あ……あ……」
歪に突き出した腕のようなものが、骨がなくなったかのようにだらりと床に落ちる。床にはジ・ボーダンの首から漏れた体液が流れていた。赤く濡れた腕は柔らかい蛇か触手のようにうねりながら体液の跡を遡り、首のないジ・ボーダンの身体にとりつくと、その全身を飲み込むように取り込み始めた。
「ヴィクトリア様、早くこちらへ!」
天井に開いた穴から、サムソンが私に向かって光筒を振った。
「リラ、鎖を寄こせ」
「偉そうに命令しないで」
サムソンが用意したフックに、リラが鎖を伸ばす。
フックは天井の穴に渡された鉄の棒のようなものにかけられている。とっさによく用意できたものだ。
「捕まってください」
リラが私の腰に手を回して引き寄せた。まさか私を抱えて昇る気か。
「待って。アレを止めないと」
「あんなもんは自業自得なんでどうでもいいです! さっさと逃げますよ」
「貴様らだけ逃がすものか」
勇者がこちらに来ようとしたが、巨大な異形の肉塊に阻まれた。ジ・ボーダンの身体を取り込んで変異しつつある化け物からは、太い腕や獣に似た脚が生えていて、周囲の者を無差別に攻撃し始めていた。
「殿下、お気を確かに。ゆ、勇者殿、お助けください」
「ええい、邪魔だ!」
オロオロと助けを求めて縋り付いたオブライトを、勇者は切り捨てた。
「ひ、ひぃい」
「助けてくれ」
兵士らもこのままここにいては勇者か怪物に殺されると悟ったのだろう。わらわらとこちらにきた。
ラリーが先頭の数名を回し蹴りで蹴り飛ばし、腰の剣を抜いた。
「早く上へ!」
叫ぶラリーの剣の届かない側から、兵士が鎖を掴もうとリラや私に襲い掛かってくる。
その手が私にかかる寸前に、兵の全身が視界の外に吹き飛んだ。
「撤退指令前の敵前逃亡はいけない」
私の隣で鈍色の目が一瞬だけ笑った気がした。
「勇者殿をお助けしろ」
ヴァントは戯言の建前を真顔で言いながら、兵士を次々と手際よく怪物の方へぶっ飛ばした。
「肩に手を回してしっかり抱き着いてください。上がります!」
リラが鎖を引いて一気に上昇した。
天井の穴からサムソンが身を乗り出して手を伸ばす。
「さあ」
サムソンが私達を引き上げようとしたその時、白銀の鎖が私の胴に絡みつき、私はリラから引きはがされるようにして、怪物のいる儀礼の間に落下した。
ヴァント・ホーヘンスやりたい放題w
リラは痛恨。ここから巻き返しあるか?
変異で馬の脚っぽいモチーフが生えてくるのは、馬上槍試合で落馬して負傷したセイルーンのコンプレックスのためです。
なんだかんだでヴィクトリアに執着がある殿下。
ニンゲンやめてどうするの!?




